【書評】AKB48仲谷明香に人生を教えられる『非選抜アイドル』

いまや国民的行事ともなったAKB48選抜総選挙。順位と名前が発表されるのは上位40名のみ。残りのメンバーは獲得した票数さえ発表されない。その「非選抜メンバー」である仲谷明香は、前田敦子中学校のクラスメイトでもあった。

いまや国民的行事ともなったAKB48選抜総選挙。順位と名前が発表されるのは上位40名のみ。残りのメンバーは獲得した票数さえ発表されない。その「非選抜メンバー」である仲谷明香は、前田敦子中学校のクラスメイトでもあった。

2011年6月9日、東京九段下の日本武道館において第3回AKB48選抜総選挙が行われた。一般投票によってグループ内の順位がシビアに決められる行事である。他を制して1位を獲得したのは第1回総選挙の覇者である前田敦子だ。前年度は大島優子にその座を奪われ苦杯を舐めた。その前田が1位に選ばれ、再びグループの中心の地位へと返り咲いたその瞬間、スポットライトを浴びる彼女の隣には、仲谷明香がいた。

 総選挙において順位と名前が発表されるのは上位40名のみである。200人を超す大所帯だが、残りのメンバーは獲得した票数さえ発表されない。「選抜メンバー」となった40人とそれ以外の「非選抜メンバー」とでは残酷なほどの待遇差が生じるのである。仲谷明香は、その非選抜メンバーであった。実は前田と仲谷は、中学校のクラスメイトでもある。

 仲谷明香『非選抜アイドル』は、いまや日本一といっていいほどの知名度を持つことになったAKB48のメンバーの半自伝記である。ただし上に書いたように、彼女はスポットライトを浴びる中心にはいない。失礼な言い方になってしまうが「その他大勢」の位置にいる彼女が、AKB48という大所帯の中でいかに生き延びてきたか、どのようにして自分の居場所を見つけてきたかが、この本の中では語られている。

 もともと仲谷はアイドルになりたかったわけではなく、声優志望だった。両親が離婚したため、7歳で生地である盛岡を離れ、母とともに千葉に引っ越すことになった。その経験が仲谷を引き込みがちな性格にさせる。小学生の彼女にとってアニメは、唯一の救済の道だったのだ。仲谷は当時の状況についてこう書いている。

 ――今振り返って考えると、それは時代の影響もあったのかもしれない。当時はまだ子どもだったので分からなかったが、その時はちょうど二〇〇〇年の前後で、景気が長く低迷していたこともあって、世の中が何となく暗かった。だから、その反動でフィクションの世界は、以前より明るく、夢のあるものになっていた。

 ――もう一つは、私のような現実に明るさや希望を見出せない子どもたちが増えていたということもあったのかもしれない。親が仕事で忙しかったりすると、かまってもらえず孤独は深まってしまう。それを癒すために、テレビを観たりゲームをしたりする子どもたちも多かったように思う。そういう孤独な子どものためのアニメというのが、当時たくさん作られていたのだと思う。

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