脚本の大森寿美男

 記念すべき100作目の朝ドラ脚本という大役を成し遂げた大森寿美男。当初は放送が始まる前には書き終えるだろうと楽観視していたものの、ふたを開けてみれば1年半以上も本作に費やしていたのだとか。朝ドラ史上初となるドラマとアニメーションが融合した本作に込めた思い、特徴的なナレーションの裏話、脚本を脱稿した気持ちなどを聞いた。

-まずはお疲れさまです。脱稿された今のお気持ちは?

 執筆開始は去年の1月で、脱稿したのは7月22日の週でした。達成感を味わえると思っていましたが、視聴者に満足してもらえるのか最後まで分からないので、今も不安でビクビクしています。アニメパートがどういう仕上げになるかも想像もできないし、何よりも広瀬すずさんが最後まで全力で駆け抜ける姿を見るまでは責任を果たせた気がしません。

-「てるてる家族」(03)以来2度目の朝ドラでしたが、前作と比較していかかでしたか。

 100作目だから当然注目度は高く、プレッシャーは全然違いました。キャスト・スタッフ全員を成功に導きたい意欲はありましたが、自分の世界だけで勝負していいのか? どこを目指せばいいのか? という不安や悩みも最初からずっとありました。年のせいもあって、脚本を書くスピードも全然違い、前作の倍はかかりました。当初は放送前に書き終わると思っていたけど無理でした(笑)。

-その中でも、筆が乗ってスムーズに書けたパートはどこでしょうか。

 なつの成長記であり、ホームドラマでもあるので、北海道の柴田家、新宿の風車、結婚しての坂場家、この三つを舞台に、物語を考えているときはいつも以上に楽しかったです。

-逆に苦労したパートはありますか。

 アニメパートです。自分では絵は描けないし、自分だけの発想でも作れない。また、アニメーターの方々にたくさん作画をしてもらうことも、ドラマ内に登場させることができるアニメーションの分量にも製作的な限界があり、せっかくだからどんどんアニメを取り入れたいんだけど、それはできないので、少ない枠の中でアニメーションをいかに効果的に取り入れるかに悩みました。

-なつ(広瀬すず)を描く上で特に気に掛けていたことは何でしょうか。

 戦災孤児であり、本当の家族ではない柴田家で育ったなつは、欲求のままに動くことや、他人に依存したり、踏み込んだりすることが苦手な性格で、常にどこかで不安や喪失感を抱えています。でも、そのマイナスな気持ちをパワーにして、明るく前向きに生きることがなつらしさなので、その時々で、「今、なつの中にある不安や喪失感は何だろう…」と考えていました。

-広瀬さんにはどのような印象を持たれていますか。

 難しい役を自然体で、かつ強い表現で演じられていると思います。なつは、人とのかかわりを大事にしていますが、根本的に孤独な人間です。そこが広瀬さんと共通している気がして、広瀬さんとなつの資質や性格は、僕の中で分けがたいです。だから、広瀬さんが表現することが、なつとしての正解だと思います。現場では一人でも何とか立ち続けようとしていて、そんな意志に共演者たちの心が動き、支えてあげたいという気持ちになるんじゃないかな。

-キャストインタビューでは“当て書き”をされていると感じている方が何人もいらっしゃいましたが、実際のところはどうでしたか。

 僕が持っている勝手なイメージで書いていましたが、その人の資料をわざわざ読んで当て書きをすることはなかったです。役者のことを細かく知ってしまうと、その要素を取り入れたくなるけど、ネタみたいになって嫌なんですよ。「この人はこういう人かなぁ」と自由に想像している方が楽しいので、役者さんとは距離を置くようにして、あいさつ程度しかしませんでした。

-山田裕貴さんが「自分と雪次郎とのシンクロ率が高い」と大興奮されていましたが、当て書きではなかったのですね。

 「雪次郎の“素晴らしい役者”についての考え方が自分と同じ」などと言われていたようですが、それは当時の新劇の名優が言っていたことで、僕が彼をリサーチして書いたわけではありません。でも、山田くんが役者についてそんなふうに思っているのであれば、昭和の時代に活躍した俳優たちと同じ考えを持っているということなので、いいことなんじゃないかな。

-内村光良さん演じるなつの父親によるナレーションで繰り返される「なつよ…」「来週に続けよ」にはどのような狙いがあったでしょうか。最近は「なつよ…」と呼び掛ける言葉が少ないようですが…。

 「なつよ…」があることで、なつのお父さんが話していることを印象づけたかったので、スタッフには「意地でも入れる」と伝えていました。でも、こだわると大変だろうなとは思っていたし、実際、呼び掛けることがないときもあり、そのときは無理やりひねり出していました。放送時には入っているときと入っていないときがあり、それは演出家の判断、内容や尺によって不要となったときはカットしてくださいと言ってあります。編集された映像を見て、僕からいらないと言うこともあります。「来週に続けよ」は途中で、素晴らしい音楽と合っていない気もしたんですが、今さらやめるわけにもいかないので無理やり続けました。だんだんなじんできて、一つの世界観になったと思っています。なかなか挑戦的な試みで、違和感を覚える視聴者もいると思いますが、最後まで、これは慣れていただくしかありません!

-いよいよクライマックス。「なつぞら」の集大成ともいえるテレビ漫画「大草原の少女ソラ」が誕生しますね。

 昭和のテレビアニメのエポックメイキング的な、テレビアニメシリーズ「世界名作劇場」の走りのようなテレビ漫画を、なつと坂場が一緒に作ることをドラマの最終目標にしていました。モチーフにしたのは「大草原の小さな家」で、舞台を十勝にしたのは、なつの故郷であり、タイトルバックの製作時に十勝ロケをしたアニメパートのスタッフから「タイトルバックの世界観を生かしたい」とリクエストされたからです。本当は、最後に主人公が自分の生い立ちめいたものをテレビ漫画にするという王道的なことはやりたくなかったけど、今回は100作目だし、王道を貫いてもいいと思ったので、最終的には、完全になつの物語になっているかもしれません。

-ドラマもアニメーションもラストまで楽しみです。本日はありがとうございました。

 ありがとうございました。

(取材・文/錦怜那)