『台風家族』9月6日(金)公開 配給:キノフィルムズ ©2019「台風家族」フィルムパートナーズ

――現場でご覧になっていて、草彅さんが小鉄になったなと思った瞬間はいつですか?

具体的には家(両親が暮していた実家)の中に入ってからですね。

撮影初日はまだいいパパだった10年前の回想シーンだったのでそんなに分からなかったんですけど、家の中に入ってきて扇風機をバーンって叩いたり、おもむろに物置を見にいったりする草彅さんの乱暴な動きを見たときに、“ああ、これが小鉄なんだな”って思いましたから。

でも、いちばん印象的だったのは、娘のユズキに「自立した方がいい」って言われるシーンで、草彅さんが泣いちゃったことです。台本上……設定上は絶対に泣いちゃいけない、突っぱねなきゃいけないシーンなんですけど、そのときに草彅さんが泣いてしまって、しかもあまりにもいい涙だったので、僕も思わずOKを出しそうになって。

もちろん、そこでOKを出したら物語がすべて崩れるので、泣く泣くNGにしましたよ。

ただ、NGにはしたけれど、そのときに草彅さんが目の前で起きていることを敏感に感じ取りながらお芝居をしているのが分かって、僕はそれがとても嬉しかったんです。

――草彅さん自身は別にクズではないので、純粋に反応しちゃったんでしょうね。

泣くとか泣かないとかとは関係なく、いま起きたことを瞬時にくみ取りながらお芝居のキャッチボールをしているということは草彅さんがやっている以外の何物でもないですからね。

それを見たときに、僕がお願いしたアプローチでちゃんと演じてくれているんだなと思えて、それが嬉しかったんです。

イメージ以上だった草彅 剛の魅力とは

――そんな一連のお芝居の中で、草彅さんから監督がイメージしていた以上のものが出てきて、“この人はやっぱりスゴい”って思うようなことはなかったですか?

暴れるときの迫力が違いましたね。

小鉄が箪笥の引き出しの中の物を投げながら暴れるシーンはけっこう長回しで撮りましたし、段取りやリハーサルも入れると6テイク以上はやっていただいたんですけど、草彅さんはそのすべてのテイクを熱量を変えずにやってくれて。

そこは本当に草彅さんならではの迫力のある小鉄だったし、ズルさや弱さがその要所要所に垣間見られるのもよかったんですよ。

小鉄ってどこか中二的なところがあると思うんです。

派手に暴れれば暴れるほど、弱さが見えると言うか。草彅さんがどこまで考えてやられていたのかは分からないけど、ただ暴れているのではなく、弱さを隠すために暴れている感じをしっかり醸し出していて。

そういったところをすごく繊細に表現してくださったなと思います。

中村倫也の芝居を見て驚いたこと

――三男の千尋を演じられた中村倫也さんは、NHKの朝ドラ『半分、青い。』(18)をまもなく撮り終えようとしていた時だったと思うんですけど、『半分、青い。』の朝井正人役とは全然違うニートっぽい三男を絶妙な佇まいで体現していました。

『台風家族』9月6日(金)公開 配給:キノフィルムズ ©2019「台風家族」フィルムパートナーズ

そうですね。僕の中の中村くんは最近のドラマの草食系男子のイメージではなく、白石和彌監督の『孤狼の血』(18)で演じていたような狂気をはらんだ人物だったり、主演映画『星ガ丘ワンダーランド』(16)のちょっと陰のある主人公の印象が強くて。

決して明るい感じではなかったんです。

――中村さんのお芝居を見て、監督が驚いたようなことはありました?

実は長男の小鉄と三男の千尋に僕自身の要素がいっぱい反映されているんですけど、倫也くんはそこを細かくくみ取ってくれていましたね。

もちろん、倫也くんにも「芝居をヘンに作らないでください」と言いましたよ。たから、それを踏まえた上で演じてくれていたんですけど、セリフの言い方とか声色から僕の望んでいた微妙なニュアンスが伝わってきて。

草彅さんはどこか宇宙人みたいなところがあるからまた違うんですけど(笑)、倫也くんのその精度の高さはスゴい!って思いました。

――姉の麗奈に向かって「みんな、ババぁのセックスだって見たいんだよ!」ってくってかかるところのあの言い方なども、末っ子っぽくてよかったです。

いや、本当にスゴいんですよ。いまもそうですけど、倫也くんはそのときもドラマや舞台の仕事をたくさんやられていて、現場に途中から入ってきたんですね。

なので、リハーサルにも1日来てもらいましたし、現場でもリハーサルはしたんですけど、倫也くんだけ、ドラマや舞台のものを引きずった、ちょっと過剰な、倫也くんから離れたお芝居になっていたんです。

でも、そのことを本人に言ったら、すぐに変わったので、なんてスゴい人なんだ!って思いました。

――キャストのみなさんの自然な演技にも驚きましたが、遺産分与の話をしていく中で、兄弟の力関係がコロコロ変わったり、その会話に長男らしさや三男らしさが滲み出てくるのも面白いなと思いました

シンプルに、映画が面白く見えるのってすごく大事だなと思ってはいるんです。

でも、僕は謎解きミステリーのようなパズルのような構造にはしたくなくて。

そういう展開の面白さがあったとしても、それを前面に押し出すことはしない。

役者さんに「その人としてやってください。あくまでも人間なので」って言うのも、パズルにしないひとつの手法だと思っているんです。

そういう意味で、逆に気を遣ったのは、観客が展開の面白さにとらわれ過ぎてしまわないように、兄弟の関係性や葛藤がどんどん変わっていくように見えることでした。

脚本を書いているときは単純に面白くなればいいな~って思っているだけなんですけど、演出をするときには、どうしたらみんなの関係性や心のざわつきが見えるだろう? ということの方にこだわっていましたからね。