(C) 2016『ディストラクション・ベイビーズ』製作委員会

 ひたすらけんかに明け暮れる青年を、ほぼせりふなしで演じた『ディストラクション・ベイビーズ』。ヒロインに思いを寄せるネクラな大学生役で出演したアクションコメディー『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』。風俗店に勤務しながら東大を目指して11浪中、妻子持ちという破天荒な青年を演じるドラマ「ゆとりですがなにか」(日本テレビ系日曜午後10時半放送中)。

 これらは全て、柳楽優弥が今、映画やドラマで演じている役だ。これらに加えて、6月4日公開の映画『任侠野郎』にも出演。さらに先日、来年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」への出演も発表された。

 カンヌ国際映画祭で史上最年少の最優秀主演男優賞を受賞して世界中の注目を集めた『誰も知らない』(04)から12年。ハードバイオレンスからコメディー、等身大のドラマまで、柳楽が一時期にこれほど多彩な活躍を見せたことは今までなかった。

 『誰も知らない』以降、伸び悩んだこともあり、このまま表舞台から姿を消すのではないかと思った人も少なくないはず。だが彼は、そのままでは終わらなかった。

 2013年の『許されざる者』で、一皮むけた泥臭く力強い演技を披露した柳楽は、14年のドラマ「アオイホノオ」(テレビ東京系)で、さらなる飛躍を見せる。1980年代初頭を舞台に、アニメや漫画に情熱を燃やす大学生たちの日常を描いたこの作品でコメディーに初挑戦。思い込みが激しく時に情熱が空回りする主人公・焔モユルをオーバーアクト気味に演じた彼は、それまでの繊細なイメージを完全に打ち破った。

 今、改めて放送開始前のインタビュー動画を見ると、受け答えがおとなしく控えめなのが興味深い。当初は本人も不安だったのかもしれない。この作品を通じて彼自身が大きく変わった様子がうかがえる。

 そしてもう1つ、現在の彼の活躍に影響を与えていると思われるのが、同世代の俳優たちの台頭だ。

 14歳でカンヌの最優秀主演男優賞を受賞した当時、大きなプレッシャーを抱え込む一方で、彼には周囲に同じ悩みを共有できる友人がいなかったのではないだろうか。その意味で、10年に結婚した妻・豊田エリーの存在は大きいに違いない。

 だがそれから10年以上を経た今、同世代の俳優が映画やドラマの第一線で活躍するようになった。「ゆとりですがなにか」の番組宣伝動画で、岡田将生、松坂桃李と一緒になって楽しそうに受け答えする様子は、「アオイホノオ」のおとなしいインタビューとは大違いだ。菅田将暉らと登壇した『ディストラクション・ベイビーズ』の舞台あいさつでは、堂々と「世代交代」を宣言。自身の役者としての成長もあり、同世代の俳優たちとの出会いが、いい意味での自信につながっているように見える。

 この他、蜷川幸雄や宮本亜門の下での舞台経験なども含めて、柳楽がこれまでに積み重ねた数々の努力や苦労が今、大きな実を結ぼうとしている。現在の活躍には、この先10年、20年の日本映画界、ドラマ界を背負って立つ存在になると確信できる安定感がある。『誰も知らない』から“誰もが認める”俳優へ。柳楽が再び世界の舞台に立つ日も、そう遠くないだろう。

(ライター:井上健一):映画を中心に、雑誌やムック、WEBなどでインタビュー、解説記事などを執筆。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)