「密室育児」の対極「共同保育」で十数人の大人に育てられ、その経緯を追ったドキュメンタリー映画『沈没家族』がロングヒット中の加納土監督。

10月27日(日)に、「公共の場での授乳問題」と「密室育児」をテーマに開催される【全日本おっぱいサミット】にもご登壇の監督に話を聞きました!

「授乳があるから出かけられない……」ママ&赤ちゃんの現状をどう思う?

――ドキュメンタリー映画『沈没家族』は予告編(=公式サイトで公開中)だけ拝見しても、幼い監督はたくさんの“赤の他人”に囲まれ育てられています。本編ではお母様・加納穂子さんの「保育人」募集に応じて「沈没家族」に集った方々のキャラクターにも迫っていて、本当にさまざまな人に開かれたコミュニティーだったんだなぁと驚きました。

いま赤ちゃんとママたちは、例えばいつどこで赤ちゃんが“おっぱい”を欲しがるか分からないので「電車やレストランで泣かれたら迷惑をかけるから外出は必要な時に最小限にして」「授乳室があるところしか行けない」というように、閉ざされた環境にある場合が少なくありません。そんなママと赤ちゃんたちの現状について、監督はどのように感じますか。

PFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワード2017審査員特別賞も受賞!『沈没家族』加納土監督

加納土監督(以下、加納):子どもという存在が、家と学校・保育園みたいな場所の往復になっているように感じます。子育てが家の中、血縁家族の中だけで行われることが正しいという考えが強過ぎるというか。

だから「公共の場での授乳」が、疎ましく思われるのだと思います。

「子どもの遊ぶ声がうるさい」みたいな問題もですが、社会の中に子どもは確実にいるし、子どもという存在をもっと社会で育てるという風に考えないといけないのでは?

子どもも一人間として考えたら「外では食事ができない」というのは、人の権利として考えてもおかしいように思います。

――監督は男性で、しかもまだ20代半ばです! もし目の前で女性が“おっぱい”をあげ始めたらどうしますか。

加納:特に、何も言わずに過ごしていると思います。心置きなく、のために何か声をかけるかもしれないですが……いまの自分では何も言わないかな。

共同保育コミュニティー「沈没家族」で育ち、大人になった僕という存在

『沈没家族』©2018おじゃりやれフィルム・ノンデライコ

――「沈没家族」で「共同保育」を実践されていたお母様は、授乳期をどのように過ごされていたのでしょうか。

加納:穂子さんはよく、外で授乳していたと思います。そのような写真を見た記憶がありますね。

あと「沈没家族」で暮らしていた“沈没ハウス”内で、ほかのお子さんにも穂子さんが授乳している姿を見て、その時はびっくりした覚えがあります。

――いわゆる「もらい乳」ですね。過去には乳母の習慣があったり、粉ミルクのない時代にはセイフティーネットとして敢えて他人の“おっぱい”を含ませる風習があったと聞いたことがあります。最近では災害時に、ミルク不足等の事情でお腹を空かせた赤ちゃんが「もらい乳」で助かったという例も。

実際に「あげ乳」「もらい乳」をするかどうかはママによって感覚が異なるところだと思いますが、「沈没家族」の中では授乳も「血縁=家族」という枠組みを超えていたのかもしれませんね。

監督はそのように「ママ・パパ・赤ちゃん」とは異なる家族のカタチの中で育ったワケですが、そのことで「自分はちょっと人とは違うな」とか、あるいは「よかったな」「いやだな」と感じたりすることはありますか。

加納:正直なところ、周囲とのギャップはあまり感じないんですよね。

ただ「沈没家族」で育ったから特殊な考え方をするのでは、という風に周りから思われることもあります。自分としては、あまりそこに結びつきは感じないのですが。

こればかりは人によるのかもしれませんが、僕についてはいい意味で、過去の育った環境といまの自分を、あまり結びつけていないのだと思います。

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