『天守物語』稽古風景 『天守物語』稽古風景

新国立劇場 中劇場にて上演される『天守物語』の初日が目前に迫ってきた。泉鏡花の描く幽玄な世界が、白井晃の演出によって、現代の世にどのような形で立ち現れるのか。通し稽古が行われる現場を訪ね、その仕上がりを探った。

降りしきる雨の音。やがてそれがカットアウトすると、少女たちが童謡を歌い始める。非現実の世界へと引き込まれて見えてきたのは、白鷺城の天守閣だ。五重塔の最上階にあたるその場所は、美しき妖怪・富姫(篠井英介)が取り仕切っていた。今日は妹のように可愛がる亀姫(奥村佳恵)が猪苗代の亀ヶ城からはるばるやってきたとあって、富姫たちはもてなしに余念がない。やがて、にぎやかな時が過ぎ、日も暮れた頃、下界から武士(平岡祐太)がやってきて、天守に緊張が走る。彼は姫川図書之助と名乗る鷹匠で、逃がした白鷹を追ってここまで登ってきたというのだ。富姫は、ひと目で男を気に入ってしまう。魔物と人間、出会ってしまった両者の運命は……?

和モノを初めて手がける白井の演出は、広い舞台面をダイナミックに使い、展開に淀みがない。音楽の三宅純、振付の康本雅子らと客観的な視点で再構築した和の世界は、すっきりとモダンな手触りで、歌舞伎の『天守物語』とは印象を異にする。一方で、侍女たちが下界に糸をたらして草花を釣ったり、生首が出てきたりと、ファンタジーならではの趣向が戯曲に忠実に表現されて楽しい。女性になりきることをせず、役の心理を的確に伝える描写力でリアリティをもたらす篠井の女形芸はさすが。平岡は実直な人柄をそのまま活かした濁りのないまっすぐな演技で存在感を示し、奥村は、透明感のある声と燐とした立ち姿で、可憐にして残酷さも感じさせる姫君を作り上げていた。

この舞台は、9月20日から10月10日まで上演された三島由紀夫作『朱雀家の滅亡』、10月18日に開幕して11月5日(土)に千秋楽を迎える倉持裕作『イロアセル』に続く、〈【美×劇】-滅びゆくものに託した美意識-〉と題したシリーズの第3弾。永久不滅の美を求めず、移ろうものにこそ価値を見出し、慈しみを与える。そんな日本人の心を再発見しようという企画に、これほどマッチする作品はないのではないか。ここで描かれるのは、聖と俗の対立だ。生首を愛でるなどグロテスクな行動をとりながら、魔物たちの心は純粋このうえない。喜怒哀楽を正直に表す彼女たちに対し、人間はといえば、封建制の縦社会に依存し、心のままに振舞うことを忘れてしまっている。何が本当に美しいのか。見えないものを見、聞こえないものを聞くことの大切さ。鏡のように澄んだ舞台に最後に映るのは、観客自身の心のあり方なのかもしれない。

公演は11月5日(土)から20日(日)まで。チケット発売中。

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