インタビューに答えるP・インキネン

2020年のバイロイト音楽祭で《ニーベルングの指環》新演出上演の指揮者に抜擢されるというセンセーショナルな知らせが飛び込んできた指揮者ピエタリ・インキネン。その2020年はベートーヴェンの生誕250年のメモリアル・イヤーでもある。首席指揮者を務める日本フィルとともに、2シーズンをかけて交響曲全曲演奏を軸とする「ベートーヴェン・ツィクルス」をスタートさせた、いま最もホットな指揮者に、ツィクルスの展望を聞いた。

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「私自身のテイストで作り上げていくツィクルスにしたい。それにオーケストラがどう対応するのか、私のテイストとオーケストラがどういう相性なのかを聴いていただけるのはじつに面白いことです」

ベートーヴェンの交響曲は、創作初期の29歳から晩年の53歳まで、生涯を通じて作曲されているため、全曲を見渡すことは、ベートーヴェンの作風の変遷を俯瞰することにもなる。
「初期の第1~3番を見ても、かなり異なる様式で書かれています。そして第3番から第9番に向けて、オーケストラがどんどんロマン派的に変わっていく。その変化を表現したいのです。初期の作品に関しては弦の数を減らしますし、バロックのティンパニを使います。でも私たちはモダン楽器を使っていますし、ピリオド・アプローチを試みるわけではありません。健康的な現代オーケストラのパフォーマンスが持つ力強さを感じていただきたい。最終的にその大きなパワーの可能性が手元にあるのは、とてもドキドキすることです」

たとえばベートーヴェンの時代には用いていなかった弦楽器のヴィブラートに関しても、ありかなしかの二者択一ではなく、音色を引き出すパレットの一つとして、オーケストラと一緒に時間をかけながら、そのポテンシャルを最大限に引き出すことが大切だという。
「イマジネーションが必要ですが、ツールのひとつなので、まったく使わないというのは自分にとってはあり得ません」

こういう交響曲全曲演奏のようなプロジェクトが、コアなクラシック・ファンのための、マニアックな視点だけで捉えられがちなことには注意をうながす。
「とくに第5番(運命)。有名な作品ですが、初めて生演奏で聴く人もつねにいます。その方たちに、ベートーヴェンの当時の聴衆が、初めて聴いて椅子から転げ落ちるほどびっくりしたのと同じインパクトを感じてもらわなければいけません。もちろん、そのためにはオーケストラもフレッシュでエキサイティングな感覚で演奏しなければならないのですが、それは簡単ではありません。今までの経験を忘れることはできませんから。でも、もしかしてこれが自分の最後の演奏になるかもしれないという気持ちで演奏すれば、なにか特別な演奏になるのではないかなと思っています」

私たち聴き手にもまったく同じことが言えるだろう。インキネンと巡るベートーヴェンの旅を、フレッシュにエキサイティングに体験したい。

取材・文:宮本明