【映画】三谷幸喜の“三谷印”

2011.11.3 10:30

三谷幸喜の映画には、常に“三谷マーク”がついている。最新作『ステキな金縛り』もまた、まぎれもなきコメディ映画である。誰にでも出来るように見えて、誰にも出来るような芸当ではない“三谷マーク”の刻み方を解き明かします。

三谷幸喜の映画には、常に“三谷マーク”がついている。
『ステキな金縛り』の公開直前に発売された、『監督だもの 三谷幸喜の映画監督日記』において、美術監督の種田陽平が同様のことを述べている。「三谷さん作品は、できあがった映画に“三谷印”がついているかのような印象があって……」と。

重ねて言おう。
三谷幸喜の映画には、常に“三谷マーク”が、きっちりと刻まれているのだ。
それもかなり、きっちり、ちゃっかり刻まれちゃっているのである。

『ステキな金縛り』 2011年秋より全国東宝系にて公開中 (C)2011 フジテレビ 東宝

      

 

 

 









   
監督だもの 三谷幸喜の映画監督日記』 
三谷幸喜・話 伊藤総研・構成 
マガジンハウス
1,470円

で、その三谷マーク。
なぜ、クッキリ刻印! ハッキリ視認! できちゃうのか?
簡潔に言っちまうと、三谷幸喜にしか出せない、テイストがそこにあるからだ。
彼にしか出せないテイストがあるからこそ、三谷マークが刻まれる。
そして、だれもが、三谷マークを認識する。
では、三谷にしか出せないってテイストって、なによ? ってことだ。
そもそも、三谷作品はコメディ映画である。
コメディ映画は、彼だけの専売特許か? んなこたぁ、ない。みんなのもんだ。
コメディ映画を撮りたきゃ、みなさんどうぞってもんだ。
つまりは三谷幸喜でなくとも、コメディ映画は作られる。
だから数多のコメディ映画は、昨日も今日も作り作られ、「コメディ映画」と銘打たれて公開されている。

でも、なんか、違うんじゃねぇの。そう思うときがある。
これって、コメディ映画じゃねぇじゃん。そう思うときがある、ってことだ。
なにも貶しているワケじゃない。映画自体は悪くない。それは認めている。
問題は、それらがコメディ映画であるか、否か? ってことだ。
残念ながら、こりゃコメディ映画じゃないってことが多かった。それもかなりの頻度で。
その点、三谷幸喜の作品は、間違いなくコメディ映画だ。
いつだってどんなときだって、間違いなくコメディ映画だ。

『ステキな金縛り』 2011年秋より全国東宝系にて公開中 (C)2011 フジテレビ 東宝

   

 


 







 

   

 







ラヂオの時間
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THE 有頂天ホテル
ザ・マジック・アワー











そもそも、コメディ=喜劇とは、トラッジディ=悲劇の対照語に過ぎない。
つまり、笑えることだけを意味してるワケじゃない。とはいえ、なにもここでギリシャの悲喜劇を引き合いに出して、小難しいことを言おうって気は、さらさらない。
でも、これだけはきっと確かだ。
コメディ映画ってのは、笑わせるだけじゃだめだ、ということ。
きっとそうだ、たぶんそう。
コメディ映画ってのは、うんと笑えて、どこか知的で、どこかお洒落で……でもちょっとだけ、切なくて悲しい。
だから、悲しいことが可笑しく見えたりする。だから、可笑しいことが悲しく見えたりもする。
つまり、視点を変えることで、悲しみが可笑しみに、可笑しみが悲しみに見えちゃうってことだ。
コメディ映画は、そこをきちんと抑えてないと、どーにもこーにもいただけない。
では、視点を変えるために必要なことはなにか?
それは、洗練された知性やユーモアや、ある種の品格、そして、愛ってもんだったりする。

三谷幸喜と、三谷作品には、ユーモアがある、知性や品格がある。そして人間に対する愛もある。
だから可笑しみだけじゃなくて、悲しみもある。そして、悲しみを軽やかに超える可笑しみがある。
三谷幸喜の映画は、コメディ映画である。
断じてコメディ映画である。
しかも、1作品だけではなく、驚くべきことに過去4作品すべてがコメディ映画なのである。
これぞまさに「コメディ映画縛り」。「ステキなコメディ映画縛り」である。

   

 

 

ワイルダーならどうする?
ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話

キャメロン クロウ (著) 宮本 高晴 (翻訳) 
キネマ旬報社
4,935円




かつてある番組企画で、三谷幸喜と彼が尊敬してやまないコメディ映画の巨匠ビリー・ワイルダーが対談したことがあった。
その際、すでに三谷作品を観ていたワイルダーが「チャーミングな映画だった。コメディはまだ、死んでないようだ。キミの作品を観て実感した」と賛辞を述べた。
このとき、ワイルダーはふたつの事実を述べている。
ひとつは、今も昔も、コメディ映画と呼ばれる作品は数あれど、今は昔ほど、コメディ映画と呼べる作品は少ない、という事実。
もうひとつは、三谷幸喜の映画はコメディ映画である、という事実。

対談後、ワイルダーは『私ならこうする。ビリー・ワイルダー』と綴った、一枚の色紙を三谷に渡した。
というよりも、三谷がワイルダーに、このメッセージを書いてもらうように頼んだのである。
この『私ならこうする。ビリー・ワイルダー』なる言葉は、ビリー・ワイルダーとジェームス・キャメロンの対談集『ワイルダーならどうする?』に由来する。
そして、続きがある。
この『ワイルダーならどうする?』なる言葉は、ビリー・ワイルダーが師と仰いだコメディ映画の巨匠エルンスト・ルビッチの名を引用した『ルビッチならどうする?』に由来する。
ワイルダーは『ルビッチならどうする?』という言葉をオフィスの壁に掲げ、創作に行き詰る度に見ていたそうだ。
三谷もまたに創作に行き詰ると、このワイルダーのメッセージを眺めているに違いない。最新作『ステキな金縛り』の製作中もそうだったはずだ。きっとそうに違いない。

最後に。
三谷幸喜監督の最新作『ステキな金縛り』は、まぎれもなきコメディ映画である。
そう、またしても、三谷幸喜はコメディ映画を作ったのである。
これは誰にでも出来るように見えて、誰にも出来るような芸当ではない。

【関連リンク】
ぴあ映画生活『ステキな金縛り』
『ステキな金縛り』公式サイト

おおさわ・なおき 編集者歴20年強。趣味は、読書と落語とお笑いとスポーツ観戦(特にプロ野球と大リーグ、メジャーリーグなんていいません、大リーグです)を深く愛する。おまけにねこも深く愛しております。

 

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