『雨女』(矢口史靖監督)

間もなく開催がスタートする第38回PFFぴあフィルムフェスティバル。今回の映画祭でひとつの目玉企画となるのが“8ミリ・マッドネス!!~自主映画パンク時代~”だ。この特集は、現在第一線で活躍する映画監督の原点となった8ミリ自主映画の傑作を集めたもの。『雨女』は矢口史靖監督が1990年に発表し、同年PFFでグランプリに輝いた一作だ。

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矢口史靖監督の名から浮かぶ、作品イメージはどんなものだろう? 出世作となった『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』など、いずれにしても“明快なエンターテイメント”というイメージはあるのではなかろうか。そのイメージをもって矢口監督が自主映画として発表した『雨女』を観ると、ちょっと驚くかもしれない。表面だけでみると、あまりに“明快な娯楽”とは映像も内容も程遠いので。

ただ、それはあくまで表層上に過ぎない。『雨女』のひとつひとつをつぶさに見ていくと、実は矢口監督ののちにしっかりとつながる優れた“エンターテインメント性”がこの時点で随所に発揮されていることに気づくはずだ。

『雨女』は簡単に説明すると、本作の翌年、奇しくも公開される『テルマ&ルイーズ』と重なるような、ふたりの女の子が暴走する物語。傍若無人な行為に走るふたりの日常が描かれる。ただ、その表現手法はよく言えばジャンル・ミックス、悪く言えばもうはちゃめちゃ。近年の映画でいえばデヴィッド・フィンチャー監督の『パニック・ルーム』を思わせるような室外から室内へと導くオープニングのショットからはじまり、あるシーンは女性の足先を執拗に追った官能ロマン、あるシーンは女の子のかわいさをきっちりとらえた当時、流行していたアイドル映画、あるシーンは身も凍るようなホラー、あるシーンは1発勝負のドキュメンタリーと、映画のカラーがこちらも驚くくらいころころと変わっていく。それはある意味、バラバラでまとまりがない。

でも、一方で混然一体となってこちらに向かってくるようなパワーも不思議と宿る。そのパワーの源は、何かといえば、矢口ワールドの真骨頂といっていい“エンターテイメント性”にほかならない。巻き込まれた素人ははた迷惑だったと思わずにいられない過激なアプローチで撮られたドキュメンタリー映像、今だったら許されないかもしれない炎上シーン、四谷怪談を想起させるおどろおどろしさが漂うホラーの場面など、いずれの映像も驚きや面白さが溢れ、一喜一憂させられる。とにかく映画のひとつの大きな醍醐味である“娯楽”を体感できるといっていい。それは同時に矢口史靖という才能のスタートに出会うことでもあるといえるだろう。

第38回PFFぴあフィルムフェスティバル
9月10日(土)から23日(金)まで 東京国立近代美術館フィルムセンター(月曜休館)

文:水上賢治