田尾下哲  撮影:石阪大輔 田尾下哲  撮影:石阪大輔

ヴェルディ、プッチーニなどのイタリアオペラを始め、三島由紀夫の小説をオペラ化した『金閣寺』や、軽妙洒脱なオペレッタ『チャールダーシュの女王』、ミュージカル『三銃士』でも、シャープで洞察的な演出が大きな話題を呼んだ演出家・田尾下哲。数多ある演出の可能性から「原典」と「スコア」の分析を重要視し、入念なプランによって全体を構成していく手法は、多くのプロダクションで優れた演劇効果を上げている。モーツァルトの『後宮からの逃走』はテーマ的にもとても難しい、という田尾下さんのコメントからインタビューははじまった。

オペラ『後宮からの逃走』全3幕 チケット情報

「ドイツ語の翻訳をドラマトゥルクの庭山由佳さんと見ていって、原語をそのまま日本語のセリフに移し換えて上演するのは大変難しいことに気づきました。テーマが、宗教差別や人種差別を扱っているので、いわゆる今日的な状況では『不適切な表現』が数多く出てくるのです。ですから、ドイツ語で理解した上で原作にある偏見を洗い流した台本を編み直しました。演出プラス、上演台本を担当するという形になっています」

通のオペラファン以外は、ストーリーを知らない観客も少なくない『後宮からの逃走』。物語の神髄を伝えるために重要な役として浮上してきたのが、黙役であるトルコ太守セリムだという。俳優の宍戸開さんが演じる。

「オペラの序曲で、セリムが南アフリカ時代にどういう目にあい、どういう人間関係を経験して今に至るかを、パントマイムや合唱の方の芝居で表現する予定です。モーツァルトのオペラで、これほど黙役が大きい意味をもつものは存在しないんですよ。歌わない役の「赦し」がこのオペラの大きなテーマになっている…だからこそ婚約者への貞節を誓うコンスタンツェの信念の強さが意味をもつんです。セリムが許すことで、心の中で犠牲にしなければならなかったもの…たとえば復讐心といったものを表していかなければと思います。「赦す」って、生ぬるいことではないんですよ」

指揮者の川瀬賢太郎さんは、長い間年上の指揮者としか仕事をしてこなかった田尾下さんにとって、一回りも年下世代のマエストロ。川瀬さんからの質問には、こんな答えが。

「どこで演出のアイデアを考えるか? というと、場所は関係なく楽譜を見ているときに色々思いつきます。特にオーケストラのフルスコアを見ていると色々なイメージが湧くんですよ。モーツァルトで一番好きなオペラは、『フィガロの結婚』で、次に川瀬さんとやりたいのも『フィガロ』がいいですね。(田尾下さんは天然ですか?の質問には)どちらかというと計算ずくです。アシスタント時代が長かったので、人を言葉で傷つけないように意識的に振る舞うことを心がけています。いつも冷えピタシートを貼っているのは…片頭痛のせいです。脳がオーバーヒートすると頭痛が起こるので…でも、友人のすすめで先日MRIを撮影して、異常がないとわかってから、片頭痛も起こらなくなりました(笑)」

11月11日(金) から11月13日(日)まで東京・日生劇場にて。

取材・文:小田島久恵

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