【書評】“大変小説”の名手、綿矢りさ最新作『かわいそうだね?』

世間が定めたように見える役割、ロールにのみこまれることで窮屈な生き方を強いられる女性の話、そんな“大変小説”を書かせれば当代一の作家、綿矢りさの通算5作目をレビュー。

 女子はな、生きるのが大変なんだよコノヤロー。
そんな感じで胸倉をつかまれて文句を言われているような気分になる小説がある。
チッ、とか目の前で舌打ちされそうな感じ。

 もちろん男子だって生きるのが大変なことには変わらないのだが、男のそういう小説は今まで散々書かれてきたわけである。ただそういう小説は、「大変だよなあ」なんてぼやくだけじゃなくてペーソスとかハードボイルドとか、おまけを背中にまとわりつかせようとしただけ、ちょっと潔くなかった。哀愁、とか漂わせてね。男子の大変小説は、まだそのこそばゆさの清算を終えてない感じがする。そういうのがかっこいいんだ、とかいま だに思っていそうな気がする。
今書かれている大変小説の書き手はだいたい女子で、作品にはまどろっこしいところがない。

 大変なんだよ、チッ。

 以上である。これは非常に潔い。分析の方向が自分自身へと向かっているのもいい。たいがいの人間は内部に余計なこだわりを抱えて生きているものだ。その部分をどう書くか、ということが大変小説の大事なポイントなのである。

 女子の大変小説の名手が綿矢りさだ。
中篇2作を収録した『かわいそうだね?』は2001年にデビューした綿矢の、5番目の著作だ。これが大変小説の傑作なのである。

 綿矢の文藝賞を受賞したデビュー作『インストール』(河出文庫)からしてすでに、不登校になってしまった大変な高校生が主人公のお話だった。
世間とうまくやっていけないという問題を抱えた主人公の話、という構造は芥川賞を受賞した第2作の『蹴りたい背中』(河出文庫)に継承される。この小説の主人公は、世間と折り合いをつける手法としてクラスにいたオタク少年を触媒に使うようになるのだ。
続く『夢を与える』(河出書房新社)は、自律の手段が見つからなくて流されてしまう女性のお話。次の『勝手にふるえてろ』(文藝春秋)では、主人公が純粋な恋愛という幻想にこだわりすぎてわけのわからない隘路にはまりこんでしまう。『蹴りたい背中』で真価を発揮するようになった綿矢のギャグセンスは、この『勝手にふるえてろ』で完全に開花した。

 『かわいそうだね?』の2つの収録作、表題作と「亜美ちゃんは美人」は両方とも女性が主人公である。そして、悩みを抱えている。
「かわいそうだね?」の主人公、〈私〉こと樹理恵の悩みは、恋人の隆大が突如、別れた元の彼女・アキヨさんを自室に居候させるようになったことである。
隆大がそうするのは、アキヨさんは「かわいそう」だからだ。長野にいる両親とは折り合いが悪く、現在失業中の彼女は東京で就職活動をしなければならないのに家賃を払うお金がない。そこで優しい隆大は、就職活動が終わるまでアキヨさんを部屋に置いてあげることにしたのである。
当然〈私〉はおもしろくないのに、心優しい隆大は元彼女との同居を決行してしまう。すべて善意でやっていることだし、アキヨさんとよりを戻す気はないし、それが自分の生き方だし、かわいそうな境遇の人を助けるのを認めないなら樹理恵と別れるしかないとまで言い出すのだ。
恋人の前では可愛い女でありたいと考える〈私〉はぶち切れることもできず、悶々と悩んだ挙句に理屈で自分を納得させようとする。隆大が帰国子女だから倫理観も日本人離れしているのかもしれない、理解してあげられない自分が悪いのかもしれない、と考えて通っている英会話教室の教師に意見を聞きに行ったりもするのだ(でも、語学力が不足しているので教師たちの言うことを全部は理解できない)。

 「亜美ちゃんは美人」の主人公は、高校の入学式の日に、人も羨むような美貌の持ち主・亜美ちゃんと知り合って友達になった、さかきちゃんだ。美人すぎる友達をもったせいで、自分だって可愛くないほうじゃないのに「A」じゃなくて「Aダッシュ」の扱いを受けるようになる。馬鹿な男は彼女を亜美ちゃんの「マネージャー」呼ばわりさえするのである。それって残酷なことだよ。

――しかしきっと男の人が思うほど、女友達どうしのなかに“役割”があるわけじゃない。この子はお姫様だけど、この子はいくらでもからかっていいとか、まるでテレビのなかのアイドルと女性のお笑い芸人のようにやすやすと立ち位置を決めたがるが、女どうしの世界でははっきりした立ち位置などなく、みんな、同じだけ価値のある女の子として存在している。

 この2篇に共通しているのは、世間が定めたように見える役割、ロールにのみこまれることで窮屈な生き方を強いられる女性の話だということである。かわいそうな人をかわいそうだと思ってあげられる人間になりたいと考える樹理恵と、人から勝手に「Aダッシュ」を押しつけられたさかきちゃん。それだと生きにくいよね、というお話なのである。その生きにくさの原因の半分くらいは男が勝手にこしらえた幻想なのだ。ちょっと反省させられる。

 綿矢の筆致はいつものように冷静で、状況を笑い飛ばす余裕があって、素敵だ。「亜美ちゃんは美人」の結末、さかきちゃんと亜美ちゃんがどういう運命をたどるのか、らしくもなく(失礼)いい話にしちゃうのか、それとも意地悪な展開が待っているのか、とはらはらさせられた。そういう風に先を読ませないのは、作者が適当な距離感をとって主人公たちを操っているからだ。2篇とも、予想もしなかったところへ話は落ち着いた。気負わなくていい感じである。大変ですねー、と思いながらページを閉じた。

すぎえ・まつこい 1968年、東京都生まれ。前世紀最後の10年間に商業原稿を書き始め、今世紀最初の10年間に専業となる。書籍に関するレビューを中心としてライター活動中。連載中の媒体に、「ミステリマガジン」「週刊SPA!」「本の雑誌」「ミステリーズ!」などなど。もっとも多くレビューを書くジャンルはミステリーですが、ノンフィクションだろうが実用書だろうがなんでも読みます。本以外に関心があるものは格闘技と巨大建築と地下、そして東方Project。ブログ「杉江松恋は反省しる!

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