撮影:熊谷仁男

東京から田舎町に引っ越してきた人気モデルの夏芽(小松菜奈)と彼女が心惹かれる粗暴な少年コウ(菅田将暉)、夏芽にそっと寄り添うコウの中学時代のクラスメイト・大友(重岡大毅)…彼らのひりひりした恋を描いた青春ラブストーリー『溺れるナイフ』で、自らのコウに対する強い想いを隠し、彼らを笑顔で見続けているもうひとりのキーパーソン・松永カナを演じた上白石萌音さん。

『舞妓はレディ』で鮮烈なデビューを飾ってから僅か3年で『君の名は。』のヒロインの声で名を馳せ、自身も知らなかった才能を次々に開花させている。

「新境地」だったという今回の撮影秘話やデビューからいままでのこと、そしてこれからのことをたっぷり聞きました。

『溺れるナイフ』 ©ジョージ朝倉/講談社 ©2016「溺れるナイフ」製作委員会

『溺れるナイフ』は一人三役だと思って、演じていた。

――『溺れるナイフ』台本を最初に読まれたときはどんな印象を持ちました?

「私はこれまで平和で真っ直ぐな作品に出演させていただくことが多かったので、この台本を読んだときはすごく衝撃的でした。

いろんな事件が起きるし、真っ直ぐ過ぎで歪んでしまった感情がすごくたくさん描かれている気がして。これをやることになったら、自分の新境地になるなと思いました」

――演じられたカナちゃんについてはどう思いました?

「カナのことは、台本を読んだけではよく分からなかったんです。

でも、その後に漫画を全部読んで、衣裳合わせをしたり、本(台本)読みをするうちに、だんだん他人事じゃない気がしてきて。カナは自分なんじゃないか?って思えてきたんです。

美しい人に憧れる気持ちは私にもあるし、自分はそうはなれないという諦めにも近いカナの気持ちも痛いぐらい分かって。でも、カナの気持ちが分かることを最初はあまり認めたくなかったんです。

好きな男の子に対して真っ直ぐ過ぎるが故に狂気的な部分をどんどん出してしまうカナが、普通の女の子が言えないことやできないことを代わりにやってくれているような気がして。

だから、いい意味でも悪い意味でもすごくリアルな女の子だなと思ましたね」

――カナちゃんと自分が似ているところは?

「さっきも言ったように、美しい人に対して憧れの気持ちを持つところですかね。でも私は、カナみたいにひとりの人をあそこまで好きになったことがなくて。

だから、そこまでひとりの人を思えるってどういう気持ちなんだろう?って少し羨ましいような気持ちもあります」

――先ほど新境地になるんじゃないかって言われましたけど、カナちゃんは本当に複雑な女の子です。最初はすごく友だち思いでニコニコしていたのに、最後の方ではめちゃくちゃ怖!って思いました(笑)。

「そうですね(笑)。私はこの役は三役だと思って演じました。前半と後半ではほぼ違うので、前半と後半で体重も変えてみました。

クランクイン前に一度増やし、中学時代を撮り終わって高校時代を撮るときにまた痩せたんです」

――それは自分で考えてやったことですか?

「衣裳合わせのときに監督に『中学時代のために太ってください』と言われて、それなら高校時代は痩せなきゃいけないなと、そこは自分で思ってやりました。

中学時代と高校時代の撮影の合間は4日ぐらいしかなかったんですけど、そこでガッと痩せて、喋り方や仕草、歩き方もすべて変えました」

――どういうふうに変えたんですか?

「前半はずっと猫背にしていて、ちょっと着ぶくれしている感じになるように制服の中に体育服を着ているんです(笑)。それに、前半はあまり笑わないんですよね。笑うにしても、自信のないちょっと引きつった笑い方なんです。

でも後半になるとスカートもうんと短くなって、歩き方も少し大股気味で自信を感じられるものにしたし、『コウちゃん』というセリフひとつをとっても言い方を全く違うものに変えました。

ここまで振り幅のあるひとりの女の子を演じるのは初めてだったけど、如何にコントラストを見せられるのか、その勝負でした。そのために衣裳の力も借りましたし、ヘアメイクさんも私をまったく違う印象にしてくださって、外側からも変わるための刺激をいっぱいいただきました」

――それにしても、クライマックスのあの表情はスゴかったですね。

「ありがとうございます。あの表情には、カナの大切なシーンが撮れなかったことも影響しているんです」

――どういうことですか?

「カナがコウちゃんへの想いを吐露するシーンも実はあったんですけど、時間の関係でそのシーンを撮れなくなってしまって。

だから、そのシーンのカナの感情もすべてあの目に込めようと思って。すごく大切に演じました」

――山戸結希監督の演出はいかがでしたか?

「私は初めての経験だったんですけど、監督はその役になりきって演出をされるんですね。なので、カナの演出をされるときは本当にカナのようにそこにいらっしゃるんです。

セリフも『こういうふうに言って欲しい』って声に実際に出して、『これを真似して欲しい』とおっしゃる監督で。そういう演出を受けたのは初めてだったから最初はビックリしたんですけど、監督の中ではこの映画はできあがっているんだと気づいてからは、監督がおっしゃるトーンに如何に近づけるのかをずっと模索していく作業でした。

私たちのお芝居が監督の中でガチッとハマッたらそれでOKだし、そこにハマるまでの時間はまるでパズルをしているような感覚でしたね」

――共演されたほかの3人からもすごく刺激を受けたんじゃないですか?

「もう、刺激だらけでしたね。菜奈ちゃんは撮影日数を重ねる度にどんどん夏芽ちゃんになって、夏芽と菜奈ちゃんの境目が分からなくなるぐらいにのめり込んでいる印象がありました。

役を生きるってこういうことなんだなって思いました」

『溺れるナイフ』 ©ジョージ朝倉/講談社 ©2016「溺れるナイフ」製作委員会

共演した重岡さんは、太陽みたいな人でした。

――菅田さんの印象は?

「菅田さんは逆にスイッチをパッと入れる方で、直前までふたりでたわいもない話をずっとしていたんですが、『じゃあ、本番行きます!』って声がかかった瞬間にコウちゃんの顔になったんです。

たぶんご自身の中にスイッチがあって、それを入れたらパッと役に憑依できるんでしょうね。天才なんだなと思いました」

――重岡さんは?

「太陽みたいな人でした(笑)」

――みんなそう言いますね。

「もう現場の太陽。本当にムードメイカーでした」

――小松さんや菅田さんは「ひまわり」って言ってました。

「ひまわり!(笑)本当にそう。

いない日は寂しかったし、いるだけで現場の空気が明るくなって、どんなに撮影が遅くなっても、ず~っと照らしてくれていたので、救われていたなと思いますね。

それにお芝居も本当にナチュラルで。私、クランクインの初めてのシーンが一緒だったんですけど、この映画はこういうトーンなんだっていうのを重岡さんに教えてもらったような気がします」

――ちなみに、上白石さんだったら、コウと大友のどっちを好きになりますか?

「もしコウちゃんみたいな男の子がいても、私は見てるだけで終わると思います。

そこはカナちゃんに近いですね。憧れというか、私には届かない存在だって思っちゃいます。

でも、男性のタイプとしても大友みたいな人が好きです(笑)」

――そうですよね。優しいし。

「はい。夏芽も夏芽でやっぱり普通の人から超越したものを持っているし、コウちゃんも神様みたいな人。

そのふたりだから、惹かれ合ったんだろうなと思うし、そのふたりだから恋ができたんだろうなってすごく思います」