インタビューに答えた、『マネーボール』のベネット・ミラー監督

ブラッド・ピット主演作『マネーボール』を手がけたベネット・ミラー監督が、11月11日(金)からの公開を前に来日。前作『カポーティ』とはまったく異なる“野球”という題材に挑んだ最新作について語った。

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統計学に基づく“マネーボール理論”を武器に、貧乏球団オークランド・アスレチックスを強豪に生まれ変わらせた名物GM、ビリー・ビーンの実話の映画化。球界の常識を打破しようとする反逆児の挑戦記、世間を見返そうとする負け犬集団の奮闘劇、さらにビーンがトラウマを克服して再起を図るドラマなど、多様な側面を持つ作品に仕上がった。「今、君が挙げてくれた3つの要素のうち、最も深く掘り下げたのは3つめのビーンの個人的なドラマだ。映画の前半でビーンの反抗的な性格を描き、彼が負け犬集団を率いている状況を見せていく。そこから徐々にビーンが単に野球の試合に勝ちたいのではなく、自分の心の内側にある問題を解決したいと願っていることが明らかになっていくんだ。いわば究極的には、これは“救済”の物語なんだよ」

その“救済”というテーマに関わる重要なエピソードが、ビーンと離ればなれに暮らす娘との交流だ。とりわけ中盤、楽器店を訪れたビーンが娘のギターの弾き語りに聴き入るシーンが印象深い。「この映画では、様々な“価値観”について問いかけている。過大評価もしくは過小評価された野球選手の価値、そして収入や家族との暮らしなどの人生における価値。あの楽器店の場面は、ビーンの胸の内に迫り、彼にとって人生の大切なものは何かを探るシーンなんだ」

ハリウッドの野球映画には、きらびやかな光や色彩に満ちた映像、興奮を煽る勇ましい音楽が付きものだが、本作はまったく違う。人生と格闘する主人公の情熱や孤独を繊細なタッチであぶり出し、野心的なまでに陰影豊かな作品になった。この問いを受けて「ある意味、これは野球映画ではない」と切り出した監督は、静かに、きっぱりと次のように続けた。「これは体制に立ち向かい、既存の価値観を覆そうとした男の物語。だからこそ従来とは異なるアプローチがふさわしいと考え、この手の野球映画、スポーツ映画にありがちな要素を排除することにしたんだ」

そして我ら日本人の誇りたるイチローについて。ビーンが空港で野球中継に見入る何気ないシーンで、そのモニターにイチローの姿が映るのだ。これは決して日本の観客向けのサービスショットではない。「中継カメラがアップで捉えたイチローとそれを見つめるビーンの図は、まるで西部劇の決闘みたいだよね。このときビーンは主力選手を引き抜かれ、新たな選手を獲得したいのにお金がない。ビーンにとってイチローはぜひとも欲しい選手だが、高給取りの彼には手が届かないんだ。イチローはそんな苦しい立場のビーンに脅威を与える“敵”のようにも見える。そんな雰囲気を感覚的に表現してみたかったんだ」

『マネーボール』

取材・文:高橋諭治