井伊直盛役の杉本哲太

 ついに放送が始まったNHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」。このドラマで主人公・井伊直虎(柴咲コウ)の父・直盛を演じているのが、すでに何作もの大河ドラマ出演歴を持つベテラン俳優・杉本哲太だ。領地・井伊谷を守るため、主家・今川家と家臣たちの間で板挟みになる当主であり、一人娘を愛する父親でもある直盛を演じる意気込みと、撮影の舞台裏を聞いた。

-岩手県に作った井伊谷のオープンセットで撮影されたそうですが、感想は?

 あれはすごかったです。一面に田んぼがあって、その中に火の見やぐらやちょっとした通りがあって、もともとそこに川が流れているのですが、その川沿いが断崖絶壁みたいになっていて。よくこんなところを見つけてきたなという場所で撮影させていただきました。前田吟さんとも「風景に圧倒される」という話をしました。そういう自然の力を借りて演じられたのは、すごく大きかったです。

-大河ならでは、という印象でしょうか。

 そう思います。最近、あんなに「うわーっ!」と思うオープンセットにはお目にかかったことがありません。久しぶりにオープンセットを見て、テンションが上がりました。すごいですね。

-そうした風景の中で、直盛という役をどのように演じられましたか。

 浜松でもロケ撮影があったので、その時に井伊家の菩提寺の龍潭寺や井伊谷城跡などを訪れました。お城の跡に上って風景を見わたしてみたら、自然に守られているような印象を受けました。単に戦国時代の殿さまというだけではなく、ものすごく地域や村の人たちと密着した当主だったんだろうなと。だから、おとわ(新井美羽)と一緒に棚田を歩いてくる場面は、田んぼの風景に目をやりながら歩くという芝居になりました。

-直盛はどんな人物だと考えていますか?

 すごく優しい人だけど、逆に言えば優柔不断でもあります。上からはたたかれ、家来からも突き上げられる中間管理職的な立場の人で、どちらの意見も分かるので決断できない男です。その上、奥さんからも突かれ、自由奔放な娘からもストレートに物を言われてまた悩み…。板挟みになって答えが出せない殿さまという部分をうまく出せれば、と思って演じています。

-直盛の妻・千賀を演じる財前直見さんとの共演はいかがですか。

 財前さんとは久しぶりの共演で、夫婦役は初めてですが、呼吸が合うのでとてもやりやすいです。すごくいい夫婦になっていると思います。

-直盛は一人娘のおとわが家を継ぐことに対して、どのように思っていたのでしょう。

 おとわが小さいころ、「おぬしが男であったらのう」とぼやく場面もあるのですが、できれば直親か他の誰かでもいいので、跡を継いでくれる相手を見つけて結婚してくれればと願っていたでしょう。だから、出家して少しずつ彼女の人生が変わっていく様子を、複雑な思いで見守っていたのではないでしょうか。時代こそ違いますけど、娘を愛する気持ちは現代の父親と変わらないと思います。

-主家である今川家と井伊家中の間で板挟みになる直盛にとって、今川家とはどんな存在だったのでしょう。

 祖父の代で既に叔母が今川家の人質になっていますし、さかのぼったらもっとその前からいろいろあるでしょうから、井伊家にとってはかなりの存在です。自分の娘や身内を人質に出して関係を保つというのは、想像を絶するようなことだと思うんです。直盛は生まれた時からそうやって育ってきたので、今川家に対して強い思いはあったでしょうね。

-当主としての直盛と娘を愛する父親としての直盛で、演技に違いはありますか。

 いくら優柔不断でも、あまり情けない顔をしていたら、みんなが不安になってしまいますから、普通はそれを隠しますよね。だから、家臣と一緒だったり、何か大事なことを決めたりするようなシーンでは、殿さまらしい表情を心掛けています。逆におとわと一緒のシーンではなるべくそういうのは取り払って、ただの父親のように演じています。

-序盤は主人公の直虎と幼なじみの井伊直親、小野政次の子ども時代に当たるおとわ、亀之丞、鶴丸の3人を子役が演じていますが、彼らの印象は?

 3人で仲良くやっていますね。小声で何を話しているのかと思って聞き耳を立ててみましたけど、仲間には入れてもらえませんでした(笑)。おとわ役の新井美羽ちゃんと共演する場面が多いのですが、芝居がストレートなのでやっていて楽しいです。

-おとわが出家して次郎法師となった後、子役の美羽ちゃんから柴咲コウさんに代わりますが、交代した時の印象はいかがでしたか。

 何の違和感もなくて、すごいなと思いました。美羽ちゃんが成長して柴咲さんが演じる次郎法師になったみたいで、スムーズに演じられました。打ち合わせをしたのかと思うぐらい自然にバトンタッチしていました。

-柴咲さんについてはいかがでしょうか。

 柴咲さんとは以前も映画で共演したことがあるのですが、今回もやはり存在感がありました。でもそれは、強烈なものというよりも、太陽の光とか自然光みたいな、ナチュラルな存在感です。なんとなく当たり前のようにいるんだけど、実はものすごく強くてなくてはならない存在。改めてそんな印象を受けました。

-杉本さんはこれまでに数多くの大河ドラマに出演していますが、今回は、今までと違う部分はありますか。

 「翔ぶが如く」(90)の時は“人斬り半次郎”と呼ばれた中村半次郎、「信長 KING OF ZIPANGU」(92)の時は武将の丹羽長秀、「元禄繚乱」(99)では四十七士の不破数右衛門という、どちらかというと勇ましい人物をやらせていただくことが多かったのですが、今回はちょっと違う役を頂けたので、やりがいがあります。

(取材・文/井上健一)