<溺れる埼京線せんべろの旅>

ターミナル駅にもせんべろ酒場は生息する。
渋谷、新宿、池袋と北上するごとに、その数はゆるやかに増え、
北区にいたってはもはや千円でべろべろになるための「聖地」と化している。

どういうわけか、店を切り盛りするのは多くが還暦世代。
だから店の主人はまとめて「大将」、おばちゃんはまとめて「おかあさん」。
この二語を使いこなせたらもう一人前。

おしゃれに言うと北区のせんべろ酒場は「アジアの最果て」。
ひらたく言うと、「下世話でカオスな人生の崖っぷち」。

午前中からほろ酔いで、交番のまわりをにこにこ徘徊するオッサンや、
「もう一杯も飲ませねえっ」と何があったか「大将」に店からつまみだされてるオッサンや、
ものすごいペースで一人酒を飲みながらテレビの相撲に一喜一憂するオバちゃんや。

さらにはタバコは店の地面にポイ捨てしなければならないルール、
小銭をテーブルにスタンバイさせておくキャッシュオンルール、
混んで来たらコーラス隊よろしく斜め立ちして一人でも多くの客を入れるよう
店に全力で協力するルール。
サワーもチューハイも焼酎がめためた濃ゆいのに
『酔っ払いお断り!』とどこの店にも警察の電話番号つきで張り紙があるルール。

「一人三杯まで」というきまりがあるのに、
店員みずからハイサワーをボトルで注文することをすすめてくるお約束。
ンもうなにがなんだかわからないのが埼京線のキタの素顔である。

そのつもりはなくても埼京線に乗ったら最後、キタを目指し、
そんなつもりはなくても記憶の半分をうしないながらもへらへらと飲む。
どうしてそんなにまでして飲むのお父ちゃん!ときっと子どもは泣くだろう。
酒が安い、鮮度の良いモツ屋がいっぱいある、老舗のおでん屋もうなぎ屋もある。

でも埼京線、とくに赤羽が人を呼ぶのはたぶんそれだけじゃあない。
こんだけ安くてうまいものを出しているんだから、あんたら言うこと聞きなさいよ!
という「大将」と「おかあさん」の面舵に身をゆだねるのが心地よいのだ。
おとなだってたまには愛のムチにうたれたい。
こうしてともに大船に乗ったつもりの客同士は、酔っ払いという
大海原をともに旅する同士のごとくやたらと打ち解け合う。
「俺のおすすめ料理」「ワタシの一押しメニュー」を主張し合う。
はしご酒をし、ブーメランのごとく行った店にまた舞い戻り、同じ会話を繰り返す。
ほとんどバカ。純度千パーセントのバカ。だけどみんなバカだから大丈夫。
おとなだってバカになりたい。
それを手軽に毎夜かなえてくれるのがキタのせんべろ聖地のスゴさなんである。

さて。
そんなわけで、せんべろ酒場でつちかった愛すべきアホな人と人とのふれあいに
照準をさだめるべく、次回から「今週の名言集」に内容をリニューアルいたします。

せんべろ酒場だけでなく、ファミレスにもドトールにも電車の中でさえ、
家を一歩出ればいたるところに、人との出会いが溢れています。

「え、今のもっかいゆって?」と聞き返したくなる名言を放つ輩との出会いが日々あります。
友人、知人、通りすがりの人、仕事仲間、店の主人、相席になった人などなど、
おらがハートにささったコトバをご紹介いたします。

電車待ちの間に、彼氏からのメール待ちの間に、暇で死にそうなときに、
仕事してるフリをしたいときに、ぜひうっかり拾った名言の数々をおたのしみください。

★溺れる埼京線せんべろの旅★
大瓶ビール410円の池袋「三兵酒店」で薄毛のリア充が… [http://ure.pia.co.jp/articles/-/5583]
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行ってみたい“せんべろ酒場”は?<中央線編>[http://ure.pia.co.jp/articles/-/6949] 
行ってみたい“せんべろ酒場”は?<埼京線編>[http://ure.pia.co.jp/articles/-/6950]

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。