【酒場】愛すべき大井町でハシゴ酒。モテキはあるか。

今回は、大井町が舞台の“せんべろ”探訪。群がるオッサンたちの熱気にモテキ到来か!?

千円でべろべーろになれるせんべろ酒場。
今宵は二千べーろでハシゴ酒の巻。
















上京して十数年。
二十代前半とは違い、もはや町中のキャッチにも声をかけられないお年頃である。
最後にナンパされたのは…と目を細めながら記憶の糸をたぐりよせる昨今。
二年程前、大井町駅前でキャバクラのスカウトマンらしき人に、
「お店で働くの、興味ない?」と話しかけられたことを心の糧として生きながらえている。
そんなわけで大井町全体に勝手に好感を抱いているのだが、
今夜向かったのは、東口飲食店街でかなり老舗の角打ちの「武蔵屋酒店」だ。
本来は酒屋だから大瓶ビールが380円で飲める。
肴は缶詰や乾きものが中心だが、ボートレースの紙に乗っかって出てくる
キュウリや丸ごと一個出てくる冷やしトマトがあるのも嬉しい。
壁に向かいながらおのおの飲むというスタイルなのだが、
一人立ち飲みの女子は私だけで、おっちゃんらの会話の流れが微妙に止まる。
なんせ十人も入れば満杯のコバコなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 











手持ち無沙汰の私は、壁一帯に張り巡らされている日本地図を睨みながら大瓶を手酌酒で飲む。
トマトとキュウリを食べ終わっても誘っておいた友達が来ない。
いよいよ、うらぶれた感を醸し始める女一人角打ちだ。
居たたまれず、レジにいるおばちゃんに「今日のオススメは何ですか…」と聞く。
乾きものの店でオススメもへったくれもないのだろうが、
おばちゃんは「缶詰ならつぼ焼きがあたしは好きよ!」とにこやかに返す。
その瞬間、背後で飲んでいたタコ八郎風の兄貴が、
「ほらここ、缶詰こんなに一杯あるのよ」と山積みになっている缶詰コーナーを指差した。
「こら、絡むなよ。悪いだろ」とその仲間。
「や、だって女の人が一人で来ることなんかまずないもん」とタコ兄貴。
ぐむぐむとほろ酔いのおじいちゃんが隣で頷く。
「誰かと待ち合わせ?」
「あとで友達が」
「だよねえ」「まさか、彼氏じゃねえだろうな」
「や、ちがいま…」
「いやあ、嬉しいねえ。なんだか。お酒もう一杯飲んじゃお」
「俺も?」「あ、こっちはチーズ食ーべよ」
突然にやってきたモテキ、か…!?
タコ兄貴はカップ酒をじつに旨そうに空ける。
ふと気づけば、皆カウンターには向かわずに円陣になって飲んでいるのだ。
「ここらはみんな地元の商店街連中よ。みんな友達」とリーダー格らしき人が言う。
「そこに肉屋の立ち飲みもあるんだけど(「肉のまえかわ」)、
そこももともとはみんな武蔵屋で酒を買ってって、
肉屋のメンチと一緒に立食いし始めたことが発端なんだわ」
「そうそう、わかんないことは彼に聞いて。商店街のインテリジェンスよ」
インテリジェンスは、角打ち話からギリシャ財政、
タイの大洪水まで熱く持論を展開し始めた。
皆、カップ酒を手に「そうだそうだ!」などと、全く話しを聞いてない感じで合いの手を打つ。
トークの合間に、インテリジェンスがドヤ顔で私を見るので、
「いやあ、勉強なります」と言うと、「そうかあ」と鼻の穴を広げる。
仲間が「だって、ほれこれなんて読むかわかる?」と地図の『豊後』を指差せば、
インテリジェンスが、待ってましたとばかりに「ブンゴでビンゴー!」とダジャレ、
皆どかんとウケる。今夜の鉄板ネタらしい。













私は内心どきどきし始めた。
今からやってくるのは、女友達ではなくオッサンの友達だ。
一秒でもこのモテキを長く味わいたい私である。
オッサン友達が現れると、案の定私は円陣からあっさり淘汰され、
「なんだ、友達って女子じゃないのかよ、期待してたのに」と白けた空気がうっすらと流れた。
ちょ、ちょっと待ってくれ、という私の祈りは空気を全く読まないオッサン友達の一言によって、断絶された。
「隣にものすごいいい中華の立ち飲み屋があるんだよ。
“ろーらいてい”っていうんだけど、『りんちゃん』てめちゃくちゃ可愛いコがいて、
餃子がべらぼうに旨いのよ。ここもいいけど次に行こ行こ」
このオッサン友達は独身のせいか、性根がまったく自由気ままなんである。
こうしてモテキの夢は一瞬ではかなく散った。













で。
すぐお隣に、そのりんちゃんの店はあった。
外のテーブルでは大柄な白人とランバダ風なおばちゃんのグループ客が
生ビールをぐいぐい飲みながら大フィーバーだ。
「プリティダンシング!オールナイト!」(多分そんなようなことだろう)と
言いながら一人で腰をくねらせるランバダおばちゃんのせいで、
イチゲンは入りにくいことこの上ない。

 

 




















細長い店内は見事にすし詰め状態で(オール男子)、餃子やら炒め物を食べている。
エプロン姿のりんちゃんは本当に可愛かった。
一人で二十人くらいの客の相手をしている。
奥でお母さんが料理を作り、りんちゃんが運び、運びながら酒の注文を取り、
ジョッキを下げてレジを打つ。
みんなが「りんちゃーん」とあちこちから呼ぶ。
大した用事などなくても、とりあえず呼んでみる。
そのたび、うっすら鼻に汗をかきながら小柄なりんちゃんが「ハイ!」と
小走りにやって来、上目遣いで注文を聞く。
まさにみんなのアイドルだ。

 































むちゃくちゃ旨い焼きたて餃子と、トマトと玉子の炒めに感動しつつも、
この店に当方のモテキはまったくないことを悟った私は、
速やかに自らもりんちゃんの親衛隊の一員となることにした。
「りんちゃんはどこから来たの」
「フッケンショーです」
「福建省は何があるの」
「ウーロン茶、サントリーのウーロン茶のとこデス」
「日本語旨いねえ。日本は何年目」
「三年目です、まだまだデス」
店中の親衛隊が、りんちゃんの声を聞き漏らすまいと耳をそばだてる。
皆の期待を一身に背負って私は質問を続けた。
「日本語、最初に覚えたのは何?」
りんちゃんは恥ずかしそうに言う。
「オハヨーゴザイマス」
「へえ。中国語ではなんてゆうのかな」
「ニーツァオ、デス」
「ニーツァオ?」「ニーツァオ!」「ニーザオ?」
りんちゃんに半歩でも近づきたい親衛隊は忘れまいとおのおのグラスを片手につぶやくのだった。
お年頃のあとはオヤジ頃。
気づけば完全にオッサンらとともにりんちゃんに癒されホッピーを飲む私であった。
 



























追伸:ちなみにりんちゃんのお写真は親衛隊の皆様の熱い視線の中、撮ることは自粛いたしました。
皆様ご自身の目でりんちゃんの愛くるしさを確かめに行ってください。ニーツァオ!

<この日のお会計(一軒目)>
大瓶ビール380円
中瓶ビール340円
つぼ貝300円
冷しトマト150円
キュウリ漬120円
合計1290円
 

【店舗情報】
大井町「武蔵屋酒店」
住所:東京都品川区東大井5-4-16
営業時間:9時~21時

<この日のお会計(二軒目)>
焼餃子230円
トマトと玉子の炒め350円
キャベツ100円
ホッピーセット300円
合計980円

【店舗情報】
大井町「臚雷亭」
住所:東京都品川区東大井5-4-15
営業時間:17時~23時(月~土)、日曜休
 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。

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