過酷な肉体労働の日々に紛れ込むユーモアが、切ないのに笑える『プロレタリア芸人』(ソラシド 本坊元児)

個人的な話で恐縮ですが、一時期、派遣会社に登録し、日雇いの肉体労働を行っていたことがあります。

仕事内容は、主に、工事現場での補助業務。単調な作業を延々続ける苦しさ、身体に負荷が掛かるきつい仕事の数々、そして、「日雇い」という特殊な雇用形態故の人間関係構築の難しさ。正直、全く良い思い出がありません。

かつて、そんな経験をしたことがある方、或いは、現状、そういった状況の真っ只中にある人にご紹介したい本が、この『プロレタリア芸人』です。

著者は、よしもと所属の「ソラシド」というお笑いコンビでボケを担当する本坊元児さん。本坊さんは、大阪でソラシドを結成した後、仲が良かった同期の芸人が次々に東京へ進出していくのを見て、その後を追い掛けるようにコンビで上京します。

しかしながら、東京で芸人の仕事だけで食べていくことは難しく、日銭を稼ぐ為に土木作業専門の派遣会社に登録し、各地の現場で日雇い労働を行う「プロレタリア芸人」となるのです。

本の中では、本坊さんが過ごす日々が、素朴な言葉で紡がれ、厳しい現実と乾いたユーモアが複雑に交錯します。

重い建築資材を運び過ぎたせいで慢性的な腰痛持ちとなり、金銭的にも常に危機的な状況に。更には、作業現場でアスベスト被害や放射能汚染の危機に晒されるなど、思わずぎょっとするような事件についても書かれています。厳しい労働環境で過ごす日々は、徐々に、しかし、確実に本坊さんの心身を蝕んでいくのです。

身体を壊す程、頑張っても一向に改善しない経済状態。「ブレイク」から縁遠いお笑い芸人としての活動。次々に売れていく同期や後輩芸人たちの後ろ姿を、ただただ見送ることしかできない忸怩たる思い。苦悩に満ちたプロレタリアートなお笑い芸人の八方塞がりな日常が、一切気取ることなく、ストレートな言葉で記されています。

しかしながら、そうした悲哀しかない日常を綴っているはずの文章は、どういうわけか読み手の頭に流れ込むように入ってきます。ひたすら辛い現実が書かれた本にも関わらず、とても読みやすいのです。

何故か? それは、本坊さんが自身が抜け出せない暗澹たる日々に、「笑い」の要素を入れて描写をしているからです。

この本の魅力は、本坊さんのそうした「芸人」としての姿勢にあるように思います。徹底的に自虐的な笑いではありますが、労働にまつわるエピソードには、必ず「オチ」が用意されており、「どん詰まりな日々」と「笑い」という相対する要素の間に橋渡しが行われているのです。

独特な文体と自傷的なユーモア感覚が生み出す「笑い」には、圧倒的な個性があり、その不思議なバランス感覚は、一種の「作家性」へと昇華されています。願わくば、著者が書いたオリジナルの長編小説を読んでみたい、そんな思いを抱くほど、文章からは強烈な個性が感じられます。

とことん泥臭い自叙伝ではあるものの、その泥濘の底にキラリと光る何かを感じられる……本坊さんが綴る言葉は、痛々しくて、哀しいけれど、一方でユーモアに溢れていて、何よりとても魅力的です。

筆者も、この先も続くであろう本坊さんの人生に、ハッピーエンドが微笑んでいてくれたら、一体、どれだけ幸せな気持ちになれるのだろうか、ページを捲りながら、思わずそんなことを考えてしまいました。

真っ暗闇の中で、不意に一筋の光が見えた時の泣きたくなるような安堵感、そんな日が、過酷な労働と常に地続きな本坊さんの日々に……そして、本坊さんと同じく暗闇の中にいる人たちのもとに訪れることを祈らずにはいられません。