『フェードル』稽古の模様 撮影:矢野智美 『フェードル』稽古の模様 撮影:矢野智美

17世紀フランスの劇作家ジャン・ラシーヌの代表作『フェードル』が、大竹しのぶ主演、栗山民也演出で4月8日(土)より東京・シアターコクーンに登場する。過去にサラ・ベルナールやヘレン・ミレンなど、名だたる女優たちが演じた王妃フェードルの物語は、ラシーヌがギリシャ悲劇『ヒッポリュトス』(エウリピデス作)から想を得て創りあげた、激情あふれる悲劇の名作だ。アテネ王テゼ(今井清隆)の妻フェードル(大竹)は、義理の息子イッポリット(平岳大)への禁断の恋に身を焦がすが、イッポリットの思いは敵の一族の生き残りである姫アリシー(門脇麦)へ向けられて……。愛憎、欲望といった人間の感情を真っ正面からえぐり出す衝撃の舞台。音楽劇『ピアフ』など数々のヒット舞台を構築してきた大竹&栗山の最強タッグが、「人間精神を扱った最高傑作」と評される大作をいかに立ち上げるか、期待をこめて稽古場を覗いた

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設えられていたのは、緩やかな傾斜と、さらに前面には段差のある張り出し舞台。奥には帆のような白幕が垂れ、若干傾いている太い柱が危うさを匂わせている。一幕一場から始まる立ち稽古を前に、平が膨大な量の台詞を身にしみ込ませるべく、懸命に言葉を繰り出していた。一方、大竹は乳母エノーヌ役のキムラ緑子と楽しそうに言葉を交わし、穏やかに開始を待っている様子。栗山が腕組みをして舞台をみつめる中、演出助手の合図で稽古がスタートした。半島の町を想起させる波音とともに、イッポリット、そして彼の養育係であるテラメーヌ(谷田歩)が登場。行方不明の父テゼを探しに国を出ようとしているイッポリットは、胸に秘めたアリシーへの恋心をテラメーヌに言い当てられて苦悩する。

登場するや、平と谷田は熱量高く言葉を交わし合う。その圧倒的な集中が、日常とは違う、神話的世界の始まりを伝えてくる。徐々にせり上がる興奮をいっそう突き上げたのが、全身から苦痛の叫びを放って登場したエノーヌだ。ドラマチックなキムラの表現に目を奪われた後、ひっそりと黒布をまとって現れた大竹フェードルへと視線が移る。フェードルが誰のために恋の苦しみに打ちひしがれているのか、問いつめるエノーヌ。天を切り裂くような絶叫と、地を這うようなつぶやきと。大竹とキムラによる緊迫の対話は、瞬間、瞬間で駆け引きのように形を変え、強度を増していく。絞り出すように秘密を明かす大竹のささやきが、低く小さく、けれど明瞭に響き、空間を震わせる。

栗山の合図で芝居が解かれると、見つめていた人々の深いため息が稽古場中に広がったように感じた。大竹もキムラもすぐにティッシュに手を伸ばし、涙にまみれた顔をぬぐう。栗山は舞台に上がり、フェードルの黒布をはぎ取る仕種、太陽のまぶしさに抗う表情など、自ら細かく演じてみせ、動きを提示。演出家の言葉に、大竹とキムラが笑い合う様子もうかがえた。この緩急の空気の積み重なりが、やがて骨太で直球のドラマを生み出すのだろう。まさに劇場でなければ味わえない、重量級の演劇がもたらす快感。全身で受けとめること必至である。

取材・文:上野紀子

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