第5章「立川流の光と影」がことにおもしろい。師匠談志の負の部分を書いた章だからだ。上納金制度、Bコースの弟子、そして立川流創設後の談志の芸についてあくまでも論理的な批判が行われている。たとえば上納金について。

――(前略)他のお稽古事では修行の課程やメソッド、テキストがきちんと決まっており、どんな素人が入門してもそれに沿ってやれば皆ある程度の技量になれるようになっている。(中略)しかし立川流では一応テキストは談志の落語であるが、メソッドも修業の課程もなく、自分で勝手に慶子して覚えろというのだからお流儀とはとても言えるものではない(後略)。

 また師匠の芸についてもこう切っている。

――(前略)早い話が名人になりきる前に「お山の大将」、悪く言えば「裸の王様」になってしまったのである。競い合うライバルがいればよかったのだが、マラソンでゴールよりはるか前でぶっちぎりのトップに立ってしまった悲劇であろう。(後略)

 私は故人のファンだが、それでもこの本を嬉しく読んだ。内部からこうした批判が出るのは健全なことだからである。落語立川流の将来についてはまだ未知の部分が多いが、師匠談志の遺訓を活かすだけではなく、こうした批評精神をも大事にしていけば、進歩が止まることはないはずだ。

すぎえ・まつこい 1968年、東京都生まれ。前世紀最後の10年間に商業原稿を書き始め、今世紀最初の10年間に専業となる。書籍に関するレビューを中心としてライター活動中。連載中の媒体に、「ミステリマガジン」「週刊SPA!」「本の雑誌」「ミステリーズ!」などなど。もっとも多くレビューを書くジャンルはミステリーですが、ノンフィクションだろうが実用書だろうがなんでも読みます。本以外に関心があるものは格闘技と巨大建築と地下、そして東方Project。ブログ「杉江松恋は反省しる!