【書評】最後まで読めない? 読者を選別していく『考えの整頓』

2011.11.14 6:00

「この先の文章を読み続ける条件」として読者を選別する「ふるいの実験」などを収めた雑誌「暮しの手帖」の連載を単行本化したもの。

 佐藤雅彦『考えの整頓』に「ふるいの実験」という章がある。

 

 佐藤雅彦はあの「ピタゴラスイッチ」(NHK Eテレ)の監修者として有名な映像作家だ。現在は東京藝術大学大学院映像科教授という肩書きも持っている。『考えの整頓』は、佐藤が雑誌「暮しの手帖」で行っている連載を単行本化したものである。
「ふるいの実験」は、その連載という性質を利用した文章だ。これを最初に雑誌で読んだ人はびっくりしたと思う。

 

 最初に佐藤は「この先の文章を読み続ける条件」として、「40歳以上の人」という制限を設ける。お金を出して雑誌を購入したのに読んではいけないなんて、と憤慨する一部の読者に頭を下げて、佐藤は先に進む。次に佐藤が挙げる条件は「眼鏡をかけて、あるいはコンタクトレンズをつけて、この文章を読んでいる」ということだ。裸眼の人間は脱落する。次に「女性」であることが条件とされ、世の中の半数を占める性別の読者が脱落する。
こうした具合に、文字通り「ふるいの実験」が行われているのである。どんどん読者が選別されていく。果たして最後までたどりつける読者は何人いるのだろうか。そして、文章の終わりには何が待っているのだろうか。残念ながら筆者も、ずるをせずに最後まで残ることはできなかった。

 


考えの整頓
佐藤雅彦
暮しの手帖社
1,680円






 『考えの整頓』は、佐藤雅彦が行った思考の軌跡を集めた本だ。
日常には本来「無尽蔵と言っても良い位の不可解な事」が潜んでいる。ただそのすべてに拘泥していては生活が成り立たないので、誰もが見て見ぬふりをするか、あえて気がつかなかったことにして済ませているのである。その不可解さにあえて着目し、「書くという事で整頓」しようと試みたのが『考えの整頓』という思考実験集なのだ。
考えることで混沌が少しだけ整理され、土台となって日常を支えているしくみが一瞬露出する。最初に挙げた「ふるいの実験」についていえば、そこで明らかになるのは「人間を選別するという行為」が人の気持ちに与える効果だろう。選別される側に回った人間は、どのような感情を味わうのか。ふるい落とされればむっとするだろうし、残れば嬉しくなる。この感情の正体は何なのだろうか。それについて考えることにより「そもそも人間を選別するとはどういうことか」という地点にまで到達する読者もいるはずである。

 

 さらにもう1つの章の内容を紹介しよう。
「おまわりさん10人に聞きました」という章は、佐藤が読者に「葉書よりも、ふた回りほど大きい紙をぴんとしたまま、常に持ち歩かなくてはならなくなったとしたら、皆さんはどのような工夫をするでしょうか」という奇妙な質問をするところから始まる。しかもその折には「いつも両手が使えるように、身軽な状態にしておかなくてはならない」という条件が追加されるのだ。
漠然としすぎていて答えようがないって?
そうかもしれない。

 実はこの状況設定は、佐藤が都内の某所で遭遇した場面にちなんだものなのである。それは交差点での出来事だった。自転車に乗ってやってきたおまわりさんが、1人の女性に呼び止められたのである。女性はおそらく道を聞いたのだろう。おまわりさんは「葉書よりも、ふた回りほど大きい紙」を取り出して、質問に答えた。そう、地図である。
そのおまわりさんは地図を制帽の内側の天面に入れていた。外回りでいつも身軽な状態でいなければいけない警察官にとって、すぐに手が届いて、かつ面積が確保できる場所がそこだったわけだ。
「おまわりさんの知恵」に興味を持った佐藤は、1月の間に機会を見つけては都内でおまわりさんを探し、地図の入れ場所がどこであるかを質問し続けたという。つまり「おまわりさん10人に聞きました」なのである。年齢と勤務地の異なる10人のおまわりさんは、やはりそれぞれが違う方法で地図を携帯する手段を編み出していた。その結果を踏まえ、佐藤は言う。

――私は、その人その人なりの創意と工夫が大好きです。人間は、ひとりひとり違った暮らしを持っており、世の中に製品として流通しているモノがいくら多くとも、我々人間の暮らしの多様性を網羅できるわけではありません。そこに個々人の知恵と工夫が入り込む余地が多く生まれます。その工夫が成功した暁には、程度はどうあれ生活環境や仕事環境がより便利なものに変わるのですが、私が好きなのはその便利さはもとより、それを考えついたり行ったりすること自体が、とても人間的で暮らしを生き生きさせるということなのです。(後略)

 人間は「考える」ことによって、自分自身の環境を改変していく生物である。ちょっとしたきっかけで世界は大きく変貌する。『考えの整頓』はそのことをわかりやすい言葉、見えやすいデザインで読者に示す本である。自分のやり方次第では、目の前にある現実も変えてしまうことができるのかもしれない。そんなわくわくする気持ちを感じながらこの本を読んだ。

すぎえ・まつこい 1968年、東京都生まれ。前世紀最後の10年間に商業原稿を書き始め、今世紀最初の10年間に専業となる。書籍に関するレビューを中心としてライター活動中。連載中の媒体に、「ミステリマガジン」「週刊SPA!」「本の雑誌」「ミステリーズ!」などなど。もっとも多くレビューを書くジャンルはミステリーですが、ノンフィクションだろうが実用書だろうがなんでも読みます。本以外に関心があるものは格闘技と巨大建築と地下、そして東方Project。ブログ「杉江松恋は反省しる!

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