夏帆

 突如として私たちの日常を一変させた新型コロナウイルス感染症。今も続くその危機の最中、日本を代表する5組の監督と豪華キャストが、“緊急事態”をテーマに自由な発想で作り上げたオムニバス作品「緊急事態宣言」が、Amazon Prime Videoで独占配信されている。5つあるエピソードの中の一つが、「時効警察」シリーズ(06~)など、独特のシュールな作風で人気を集める三木聡監督の「ボトルメール」。第二波がくる少し前。不倫で仕事を干された女優・鈴音のもとに謎のメールが届く。その指示に従い、新作映画のオーディションに出かけた鈴音の前に待ち受けるものとは…。本作に主演した夏帆が、撮影の舞台裏やコロナ禍で感じたことを語ってくれた。

-オファーを受けたときのお気持ちは?

 今回、出演する上で一番の決め手になったのは、三木組だったことです。「時効警察」はもちろん、『転々』(07)や『インスタント沼』(09)もずっと見てきて、三木さんにしか作れない独特の世界観がすごく好きだったんです。だから、この世界観に自分も参加してみたいな…とずっと思っていました。

-念願の三木作品ということですが、最初に台本を読んだときの印象は?

 「これは難しいな…」と。すごく面白いんですけど、捉えどころがなく、どういう話なのか、うまく説明できない。全体的には笑えるのに、ホラーっぽい部分もあったりして、不思議な作品ですよね。その上、私が一人でお芝居するシーンが多くて…。一人芝居って、すごく難しいんです。三木さんとの仕事は初めてということもあり、台本を読んでいるときから、「どうやって演じたらいいのかな…?」とあれこれ考えてしまいました。自粛明けで、久しぶりの現場に、なかなかハードな作品を選んでしまったな…と。

-実際に体験してみた三木監督の現場はいかがでしたか。

 撮影は3日間だったので、もう少しやりたかった…というのが正直なところです。ただ、ニュアンスだったり、テンポだったり、他の組とは違う三木さんならではの笑いの作り方に触れられたのは、すごく刺激的でした。そういうものを早くつかむことができれば、もっといろいろなことができただろうな…という反省はありつつも、参加できたことがすごくうれしかったです。

-三木作品の常連、ふせえりさんとの共演場面も多いですね。

 ふせさんとは初めてご一緒させていただくことができたので、うれしかったです。初日は私一人だったのですが、2日目はふせさんや長野(克弘)さん、麻生(久美子)さんといった、三木組常連の方がいらっしゃったので、すごく心強かったです。三木さんとご一緒するのは初めてだったので、やっぱり1人だと心許せなくて、どういうトーンでお芝居をしたらいいのか、手探りの状態で。そこへ、皆さんがいらしてくださったので、「こういうふうにやるのか」と、皆さんのお芝居を、自分が演じる際の手掛かりにさせていただきました。

-ふせさんのお芝居を間近でご覧になった感想は?

 やっぱり、すごいな…と。三木さんから、ちょっとしたしぐさや声のトーンに対して細かく指示が出ると、それを瞬時に理解して、的確にお芝居を変えていくんです。その様子を見て、さすがだな、と圧倒されました。ふせさんのお芝居を生で見て、三木組のテンポ感や世界観みたいなものを垣間見ることができたような気がします。

-そのほか、撮影に関するエピソードを教えてください。

 最初に着ているグレーのTシャツは、私の私物なんです。「とにかくグレーの服を持ってきてください」と言われて持っていったんですが、ふざけたTシャツなのでまさかそのまま採用されるとは思いませんでした(笑)。難しかったのは、オーディションで助監督とエチュード(即興芝居)をやる場面。実際はが決まっているのでエチュードではありませんが、どういう動きにするのか、考えなければいけない。でも、ソーシャルディスタンスも意識しなければいけないし…。本当だったらもっと近寄りたいんだけど、近寄ってはいけない、みたいな動きの制限もあって、大変でした。

-これが自粛期間明け初の現場ということですが、感想は?

 すごく不思議な感覚でした。この仕事を始めてから、今までこんなに長期間休んだことはなかったですから。ものすごく久しぶりの現場だったので、前の夜は「明日、朝早いな。起きられるかな?」と心配になったり、ロケ弁を食べて「ロケ弁って、こんなだったっけ?」と改めて思ったり…(笑)。せりふを言う前も、ものすごく緊張してしまいました。でもやっぱり、念願の三木組ということもあって、「現場って楽しいな…」と舞い上がっていました(笑)。

-今回のコロナ禍を経て、役者の仕事に対する意識が変わった部分はありますか。

 自粛期間中、次の作品の準備に追われることもなく、仕事から距離を置けたのは、すごく良かったと思っています。仕事を頂くことのありがたさを、改めて感じることができました。おかげで、今までとはまた違った前向きな気持ちで、現場にいられるようになりました。

-今回、コロナ禍に伴う自粛生活で、エンターテインメントの力を再認識した人も多いと思います。夏帆さん自身、そういうものを感じたことはありますか。

 役者の仕事は、医者のように誰かを救うわけではないので、こういうとき「何もできないな」とか「必要あるのかな…?」という“ふがいなさ”みたいなものを感じることもあります。それでも自粛期間中、ドラマや映画を見たり、本や漫画を読んだりすることで、私自身も救われた部分があります。生きる上でエンターテインメントが絶対に必要かと言われると難しいところですが、心を保つためにはすごく大事なものなのじゃないかな…と、そこで気付かされました。そう考えると、やっぱりやりがいのある仕事。自分がそこに関われていることに、改めて喜びを感じました。だから、必要としてくれる人がいる限りは、少しでもいい作品を届けられるように、自分ができることを一生懸命やっていこうと思います。

(取材・文・写真/井上健一)