2000年代の初頭に、成人向けPCゲームを彩った個性的過ぎる楽曲の数々……それらは愛好家から「電波ソング」と呼ばれ、その特殊性が大いに持て囃されました。

後に、電波ソングの歌い手やクリエイターは、アニメソングやゲーム音楽、アイドルソングの世界に進出。かつては、成人向け作品の主題歌として、アンダーグラウンドな存在であった電波ソングですが、現在では、ポップ・ミュージックの世界でそのDNAを持つ楽曲が次々に制作され、一つの文化を形作っています。

その黎明期から発展期、そして、その影響を受けて生み出された近年の有名曲に至るまで、電波ソングの名曲たちを振り返りつつ、オススメの楽曲をご紹介させていただきます。

朝比奈みくる『恋のミクル伝説』(『涼宮ハルヒの憂鬱』)

音楽制作集団「MONACA」を率い、今や、アニメ界のトップコンポーザーとなった神前暁さんが、2006年に世に送り出した大ヒット電波ソングが、この『恋のミクル伝説』です。

この曲は神前さんが劇伴を務めた京都アニメーション製作のテレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』(第一期)の挿入歌。劇中に登場するヒロインの一人である朝比奈ミクル(演じている声優は、後藤邑子さん)が歌う"キャラソン"なのですが、これが一筋縄ではいきません。

ミクルが物語の中で無理やり歌わされているという設定の為、イントロ部分の「歌い出しのタイミングを盛大に間違える」というポップミュージックとしてはありえないギミックに始まり、最初から最後まで(意図的に)終始音程を外しまくった不安定な歌唱が続くという非常にアヴァンギャルドな楽曲なのです。

ペナンペナンな音質のベースシンセサイザーとオーケストラ・ヒットを多用したチープなトラックも全体的にぎこちない作りが成されており、この曲の電波的なムードをより一層高めています。

ロック・シーンにおける音楽的な語彙を拝借するならば、「スカム・ミュージック」と呼べばいいのか、或いは「ジャンク」とカテゴライズすればよいのか……。『恋のミクル伝説』は、作曲、編曲において高い能力を持つミュージシャンが、作為的に拙くて安っぽい音を作るという手法が強い印象を視聴者に残した伝説的な一曲です。

とはいえ、親しみやすいメロディや、キャラクター性をキープしつつキュートな歌声を聴かせてくれる後藤さんの歌など、意図的な拙さによる演出の下地を支えているのは、実は明快なポップスとしての完成度。今聴き返してみると、ちょっと80年代っぽいというか、テクノポップやニューウェーヴ的な質感も感じられる楽曲ですよね。

なお、この後、神前さんは同じく京都アニメーション製作の『らき☆すた』のオープニング主題歌に、『もってけ! セーラーふく』を提供。「転調しまくるハイテンションなバックトラックに斬新な言語感覚による早口ヴォーカル」というモダンな電波ソングにおける一つの様式美を確立することになります。