『あなたへ』を手がけた降旗康男監督

高倉健の6年ぶりの主演作となる『あなたへ』。メガホンを執ったのは、監督としてはこれが20本目の高倉とのコンビとなる降旗康男。「若い映画スタッフに日本映画界にはこういう監督さんがいるということを伝えたい」と高倉も語る名匠が映画について、高倉について語ってくれた。

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本作は、妻に先立たれた刑務官の男が、妻が遺した言葉の真意を探るべく彼女の故郷を目指して旅をする姿を温かく描き出す。

「高倉健は僕のアイドル」と語る一方で、助監督時代からの半世紀に及ぶ彼との関係を監督は「腐れ縁」と表現する。「最近よく聞かれます。『あなたにとって高倉健とは?』ってね。“アイドル”という言葉が一番しっくりくる気がするんですよ。アイドル映画を作ってきたわけだね(笑)。初めて会ったのは僕が大学を出たばかりの21で健さんは23かな。それからずっとでしょ。“友情”とか“信頼”というのは壊れるかもしれないから、壊れない僕らの関係はやっぱり腐れ縁だね」。

『夜叉』『あ・うん』のプロデューサーだった故・市古聖智が遺した原案を基に作り上げた本作。これまで数々の印象深いドラマ、主人公を高倉と作り上げてきたが、本作に対してこれまでとは違った思いを抱いたという。「これまでの健さんとの映画では、主人公はいろんなしがらみをあえて自分から背負うようなところがあったんです。それが今回は奥さんの手紙に導かれて、しがらみから解放されていく男の姿が浮かんできました。『あぁ、年を取るというのはそういうことなんじゃないか』という思いがありました」と温和な笑みを浮かべて20作目にしての変化を明かす。

高倉の妻を演じたのは、降旗監督の『ホタル』でも高倉と夫婦を演じた田中裕子。高倉の田中に対する口調が、本作ではどこか甘えるような響きなのが印象的だ。「2人が一緒になる時点で、英二(高倉)は奥さんに引きずらてるんですね。奥さんが先を歩き、夫がついていくという夫婦像を健さんが考えて表現してくれたんでしょうね」と嬉しそうに語る監督の目にはまさしくアイドルに対する憧憬が宿っている。

「この年になると撮りながら1本1本、これが最後かもしれないという思いがある」と言いつつも、まだ炎は消えていない。「健さんはまだまだ自分は頑張れると思ってらっしゃるはずです。あれだけ真っ直ぐに立っている、後ろ姿のキリっとした81歳はいないでしょう。アイドルは不滅ですから(笑)、ぜひ機会があればまたアイドル映画を撮りたいです」。穏やかだがはっきりとした口調でそう言い、穏やかな笑みをたたえた。

『あなたへ』

取材・文・写真:黒豆直樹