ベートーベン役の稲垣吾郎(スタイリング:黒澤彰乃/ヘアメイク:金田順子)

 木下グループpresents「No.9-不滅の旋律-」が12月13日から上演される。本作は、“楽聖”ベートーベンが傑作を幾つも書き上げた19世紀初頭のウィーンを舞台に、彼の苦悩の人生と創作の輝きを核として、精緻な演出とスケールの大きな戯曲とダイナミックな音楽表現で描き、大きな感動を呼び起こした作品。2015年、18年の上演に続き、ベートーベン生誕250周年となる今年、再々演される。今回は、ベートーベンを演じたことで俳優として新たな地平を開いた稲垣吾郎に、再々演を迎えての心境、本作や役の魅力などを聞いた。

-再々演を迎えた今の心境を教えてください。

 まず再々演ができるということは本当にありがたいことです。芝居は、みんながもう一回やりたいと思っても、なかなかできないじゃないですか。そんな中で3回もできるというのはすごく貴重なことですし、僕の中でも、体力と精神力が続く限り演じていきたいという思いもある役なので、再々演を迎えることができて本当に良かったです。

-今回、3回目ということで本作にどのような変化があると感じていますか。

 せりふも変わらないし、同じことを表現して同じことをやりますが、お客さんの目に映るものや、感じるものは確実に違うものになります。それが舞台の面白いところです。今年は新型コロナもあり、それぞれにいろんな思いがあると思うので、同じことをやりながらも、以前に見た人でもまた楽しめるような新しい「No.9」になるんじゃないでしょうか。今年はベートーベン生誕250周年ということもあって、NHKでアンバサダーをやらせていただいた経験から、ベートーベンに対する感じ方や思いとか、興味もさらに湧いてきました。この経験によって、また違った、新たな、さらに進化して深くなった「No.9」をお届けしたいです。

-ベートーベン生誕250周年記念として11月に予定されていた本作のウィーン公演が中止となったのは残念でした。

 世界中がこういう状況下なので、中止はもう当然かなというのが正直な思いです。もちろん最後までやりたかったですし、向こうの方々も迎え入れてくれて、ウィーンで公演ができる状況だったというのはうれしかったのですが。ウィーン公演は、再演の前にやってみたいというような話があったんです。実際に再演するに当たってベートーベンの軌跡を追うという番組をTBSでやらせていただいたときに、初めてウィーンを訪れたんですが、その際に、ウィーン公演の劇場なども下見に行ったんです。さまざまな思いはありますが、いつかウィーン公演は実現できると思うし、絶対にやりたいです。

-改めて稲垣さんが感じている本作の魅力を教えてください。

 ベートーベンは、「苦悩から歓喜」なんです。苦しみを耐えて、諦めずに、最後には歓喜するというストーリーに、僕らは勇気をもらえるし、お子さんにも見てもらいたいです。特にこういう状況下の中で、本当に必要なものだと思います。それと、今回の公演は年末年始となるので、この舞台で第九を聞きながらの年越しとなります(笑)。これは日本人だったらDNAに刻み込まれていることですから(笑)。また来年から新しい道を進むためにも、この作品が何か役に立てればと思っています。

-先ほど、ずっと演じていきたい役と話されていましたが、この役がそれだけ特別なものになった理由は?

 やはり今までの自分があったからこそ、積み重ねとしてこの役ができたので、ベートーベンは稲垣吾郎のいろいろな要素が詰まっている役という気がします。役者として一つの集大成がこのベートーベンという役なんです。ユーモラスなところもありつつ、激高するエキセントリックな面もあるという狂気を持った役ですが、そういった少し癖のある役や、ヒール役を演じる機会が30歳ぐらいから増えてきました。アイドルグループをやっていた中でも、そういった役をやらせてもらえるというのはすごく面白い挑戦で、そんな経験も生かされていると思います。この舞台で見たことがない景色を見られたりとか、感じたことがない感情に心を揺さぶられたりしたので、僕にとって大きな役であり、大きな作品です。

-ベートーベンという役と自分とを比べてどう感じますか。

 僕とベートーベンは全く違う人間なので、あまり自分と照らし合わせたりはしないです。でも違う人間だからこそ、ベートーベンが自分の中に入ってきたときに、演じる面白さを感じますし、それをまた客観的に自分で外から見下ろすことができるんです。はまり役と言ってくださる方も多いんですが、僕としてはベートーベンとは似ていないと思っているので、何がはまっているのか分からないんです(笑)。

-本作の音楽面での見どころは?

 ベートーベンにとってピアノソナタはすごく重要なものだったということもあって、ピアノソナタです。有名な「悲愴」、「熱情」、「月光」といった曲だけでなく、あまり知られていない曲もあるので、それも楽しめると思います。個人的にはベートーベン最後のピアノソナタ第32番です。ベートーベンの晩年のシーンで流れるんですけど、彼の人生の時系列と合わせて演出の白井晃さんが演出している部分もあって、そこはお薦めです。それと、第九の合唱は音の熱風や圧みたいなものを感じます。舞台上で約20人の合唱によるフィナーレはすごいです。

-クライマックスで「歓喜の歌」が歌い上げられる本作ですが、最近、歓喜することはありましたか。

 オーダーメイドの雪駄(せった)が完成したことです(笑)。子どもの頃に浅草寺によく連れていってもらった記憶もあって、今年の夏からプライベートで浅草を散歩しながらフィルム写真でスナップしているんです。そんなときに、浅草の老舗の雪駄屋さんにふらっと入って興味を持ったんです。それをラジオ番組でスタッフに話したら、「雪駄塾」というものを運営されている職人の方と対談させていただいて、そこで自分専用の雪駄を一から作ることになって、3カ月かかってようやくできたんです。その連絡がちょうどきたばかりで、うれしかったです。

-年末の作品となりますが、今年はどんな1年でしたか。

 早いようで長い1年でした。いや、早かったかな(笑)。ただ、思うように進まないこともあったので、長く感じたこともありました。コロナ禍の今、これは全世界の皆さん同じことだと思います。でも、その中でいろいろと気付くことも多かったと思うんです。この経験を無駄にはしたくないですし、ここからまた新たなスタートとしていきたいと思います。

(取材・文・写真/櫻井宏充)

 木下グループpresents「No.9-不滅の旋律-」は、2020年12月13日~2021年1月7日、都内・TBS赤坂ACTシアターで上演。
公式サイト https://www.no9-stage.com/