除幕式に登壇した(右から)浜田光夫、和泉雅子、宍戸錠、松原智恵子、日活・佐藤直樹社長

数々の名作を世に送り出し日本映画の歴史を彩ってきた日本最古の映画会社、日活が10日に創立100周年を迎え、日活調布撮影所にて記念式典が開催された。日本映画黄金期を支えた名優たちを代表して宍戸錠、浜田光夫、和泉雅子、松原智恵子らが出席。日本映画を支えた先達たちの手型を収めたモニュメントの除幕式が行われた。

大正元年に“日本活動写真株式会社”として誕生し、戦後は1953年に映画制作再開を宣言。同時に着工となり、当時、東洋一と呼ばれた調布撮影所が翌1954年に完成した。手形モニュメントには64名の映画人が参加。小林旭に舟木一夫、渡哲也、浅丘ルリ子、谷ナオミ、吉永小百合、鈴木清順監督、石原裕次郎など、銀幕を彩り時代を駆け抜けた錚々たる面々の手形が並んだ。

創業から16代目にあたるという佐藤直樹社長は「日活100年の歴史は映画100年の歴史とも言えます。アクションに恋愛、青春映画。多くの監督やスタッフを育成したロマンポルノなどのタイトルも素晴らしい作品であり我々の誇り。このようなライブラリーを作り上げた先輩たちの技術やプライドを受け継いでいきたい」とあいさつした。

2011年には『八日目の蝉』および『冷たい熱帯魚』が高い評価を受け、日本アカデミー賞で計11冠に輝くなど“復権”の兆しも見えるが、佐藤社長は「日活はまだ元気に映画を作れると思っていただける成果が少しずつ出てきた」と述べ、この春に制作が発表された鈴木清順監督×宍戸錠のコンビによる『野獣の青春』のリメイクでジョン・ウー監督がメガホンを執る『デイ・オブ・ザ・ビースト(原題)/Day of the Beast』への期待を口にし、「日本のみならず海外とも共同制作を推進していきたい」と今後の展望を語った。また、宍戸は「なんと58年ここで働いてました。いまだにやってます。何でやってるかというと面白いから。映画作りほど面白いものはない!」と衰えることのない映画作りへの情熱、映画への愛を吐露した。

浜田と言えば吉永との“純愛コンビ”で知られるが共演作『キューポラのある街』の公開50周年を記念し、この春には映画の舞台となった川口市を訪れたそう。「かつての鋳物工場が高層マンションになっており、50年の歴史を感じました」と過ぎし日を偲んだ。

昭和36年に13歳で日活に入社した和泉は「60歳を過ぎてからは言われなくなったけど、50代までは日活の俳優さんに会うと『何歳になったの?』と聞かれたものでした。おかげさまで65歳になりました」とおどけつつ、「日活は私の青春です」としみじみ。和泉の同期で16歳で日活に入り、10年を過ごした松原も「素人の私をスタッフのみなさん、共演者のみなさんが優しく見守ってくれて、監督自らお芝居をしながら私を育ててくれた10年でした。日活は本当に私にとって恩人であり懐かしい場所です」と感慨深げに語り、集まった多くの関係者から温かい拍手が送られた。

なおこの手形モニュメントは調布撮影所内と調布市内で一般公開される予定だという。