井上芳雄 撮影:吉田タカユキ(SOLTEC) 井上芳雄 撮影:吉田タカユキ(SOLTEC)

劇作家・井上ひさしの最後の作品『組曲虐殺』が今冬再演される。2009年に栗山民也演出で初演されたこの作品は、音楽を全編、小曽根真の書き下ろし楽曲でつづる“音楽評伝劇”だ。今回、初演と同じスタッフ・キャストで、井上作品を連続上演してきた“井上ひさし生誕77フェスティバル2012”の掉尾を飾る。主演の井上芳雄に本作への思いを訊いた。

プロレタリア作家の小林多喜二が、29歳の若さで特高警察に虐殺されるまでの2年9か月を描いた本作。多喜二を演じる井上は、「自分にとって『組曲虐殺』は、井上ひさし先生の思い出と共に、忘れられない宝物。絶対に再演したいと願っていました。初演メンバーが揃ったのも、作品の力に拠るところが大きいのでは」と話す。

壮絶な最期で知られる多喜二だけに「演じる前は漠然と、激しさや痛みのようなものをイメージしていた」という井上。「でも井上先生の台本には、朗らかで、芸術に造詣が深く、人々に愛される人物が描かれていて、新鮮でした」。劇中では、恋人の瀧子や姉チマ、 多喜二の活動を支援するふじ子はもちろん、多喜二をマークしている特高刑事ですら、気がつけば彼に温かい眼差しを向けてしまう。

「実際、魅力的な人だったんでしょうね。周囲からたくさんの愛情を受けていたからこそ、自分もそれを、虐げられた人々に返すことができたんじゃないでしょうか。社会のシステムを憎んでも、人間そのものは決して憎まない人だった気がします」。

『組曲虐殺』は、井上にとって、表現面でもひとつの転機となった作品だ。「栗山さんからは『生死の瀬戸際に身を置くプロレアタリア作家の覚悟に迫れ!』と叱咤激励され続けて。演じる上で感情をどこまでどう出すのか、新しい挑戦でした。小曽根さんには『これまでと違う歌い方を試してみようよ』と、即興的な歌唱を教えていただきましたね。その後、別の作品を演じても、『今の、多喜二だったよね』と言われてしまうほど(笑)。俳優として大きな体験でした」。

今は、井上ひさしの遺した言葉を伝えることが、自身の使命だと感じているという。「先生が書いてくださった言葉は、自分のちょっとした工夫など歯が立たないほど、すごい力をもっている。再演でも、まっすぐに体ごと、ぶつかろうと思っています。『後に続く者を信じて走れ』という多喜二の歌詞があるのですが、僕も、若い世代を含め多くの人に、彼の思いや生き様を伝えるつもりで演じたいです」。

公演は12月7日(金)から30日(日)まで東京・天王洲 銀河劇場にて上演。チケットは9月29日(土)より一般発売開始。なお、チケットぴあでは9月13日(木)11時までインターネット先行抽選・プレリザーブを受付中。東京公演の後、来年1月に各地を巡演。

取材・文:高橋彩子