羽柴秀吉役の佐々木蔵之介(左)と明智光秀役の長谷川博己

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「麒麟がくる」。1月17日放送の第四十一回「月にのぼる者」は、前回、壮絶な最期を遂げた松永久秀(吉田鋼太郎)の遺品「平蜘蛛の釜」を巡り、濃密なドラマが繰り広げられた。

 今回、平蜘蛛の釜が話題に上ったのは、羽柴秀吉(佐々木蔵之介)が、明智光秀(長谷川博己)の屋敷を訪れた際と、光秀が安土城の織田信長(染谷将太)に献上した際の二度だ。

 このうち、前回、平蜘蛛の行方を「知らない」と偽ったことを後悔した光秀が改めて献上した際、「金に換える」と答えた信長は衝撃的だったが、前半の光秀と秀吉のやり取りも、演じる長谷川と佐々木の鮮やかな芝居の応酬が、強い印象を残した。

 ここでは、そのやり取りを振り返ってみたい。この場面は、信長から播磨攻めの総大将を任された秀吉が、光秀への礼と出陣前のあいさつに訪れた、という状況だ。

 まず、「大したご出世でございますな。上様から、よほどのご信用を勝ち得ましたな」とねぎらう光秀に対して、秀吉が「明智さまの足元にも、まだ及びませぬ」と謙遜してみせる。

 ここまでは、ごく普通の社交辞令的なあいさつだ。ところが、ここで光秀が、上機嫌の秀吉に「私の足元に及ばぬどころか、見事に私の足をすくった」と仕掛ける。その真意を図りかねた秀吉が「私が明智さまの足を?」と問い返すと、「平蜘蛛の釜の一件、覚えがござろう」と光秀が切り込む。

 なおも、「平蜘蛛…?」ととぼける秀吉に、光秀は脇に置いた平蜘蛛の釜を見せ、秀吉が弟を忍のように使っていること、その弟から、松永と光秀がひそかに会い、平蜘蛛の釜を託されたという情報を得て、信長に密告していた事実を突きつける。この光秀の一気呵成(かせい)の攻めに、秀吉は、なすすべもなく平謝り…。この間、およそ2分半だった。

 本作の光秀は、情に厚く、律義で冷静な理論家という印象が強く、声を荒げる場面はそう多くはない。それだけに、ここぞというとき、感情を爆発させる姿が際立つ。

 松永が幕府を去った直後、鬼気迫る表情で摂津晴門(片岡鶴太郎)に迫った第三十三回「比叡山に棲(す)む魔物」や、三十六回「訣別(けつべつ)」の足利義昭(滝藤賢一)との涙の別れなどが印象的だ。だがこの場面は、それらとはまた違った味わいがあり、長谷川=光秀の奥深さを感じさせた。

 冷静かつ威圧的に言葉を重ね、秀吉を追い込んでいく光秀。このとき、光秀は座ったままなので、動きで感情を表現することは難しい。にもかかわらず、言葉の端々から秀吉への怒りがにじむ長谷川の芝居は説得力に満ちあふれており、圧巻だった。

 これに対して佐々木は、今まで器用に立ち回ってきた策士・秀吉らしからぬろうばいぶりを見せ、光秀の攻め口の鋭さを際立たせる。

 とはいえ、防戦一方だった秀吉も、直後に「この乱世を平らかにし、その後、お詫びをすれば、きっと明智さまはお許しになると思い…」と光秀の興味を引きそうな言葉で謝罪をするあたり、したたかさがのぞく。

 案の定、光秀が「貴殿にとって、平らかな世とは、どういう世じゃ?」と話題を変えると、すかさず、「昔のわしのような貧乏人がおらぬ世ですかな」と答え、光秀から「こたびは、貸しにしておく」と許しを得る。

 隙のない理論で攻める光秀と、平身低頭ながら巧みな言葉で許しを得る秀吉のしたたかさ。両者のキャラクターを生かして丁寧にせりふを積み上げた脚本に、長谷川と佐々木、2人の白熱する芝居が見事にシンクロ。その息詰まる駆け引きに、思わずうなった。一つの役を長く演じる大河ドラマならではの名場面だったと言えよう。

 また、ここで光秀が発した「貸しにしておく」という一言が今後、物語の中でどう生きるのかも気になるところ。残り3回。名優たちの織り成すドラマをじっくりと味わっていきたい。(井上健一)