さて、その江夏豊つながりということで、ここで取り上げたいのが、後藤正治『牙 江夏豊とその時代』である。
副題に“江夏豊とその時代”とあることからわかるように、江夏本人にフィーチャーした作品
というよりも、江夏と同時代を生きた選手たちのそれぞれの野球人生を追いかけながら、“男と男の熱い勝負”に満ち溢れていた、昭和の日本プロ野球の光と影を描いた作品である。

   

 



牙 江夏豊とその時代
後藤正治著 
講談社文庫







さて、後藤正治と言えば、押し付けがましくなく、温かな視点でアスリートの生き様を描くのが真骨頂であるが、それがもっと昇華された作品が『スカウト』と言えるかもしれない。
本作は、広島東洋カープの名物スカウトとして数多くの名選手を発掘した木庭教への密着取材を通して、人に教えること、人に教えられることの難しさ、そして人が成長することの素晴らしさが伝わってくる傑作である。
また、戦後からプロ野球に携ってきた木庭の視点を通して、昭和から平成へと至る時代の流れの中で、プロ野球の人情味が薄れていく様も映し出されていく。

   

 





スカウト
後藤正治著
講談社文庫





さて、“広島東洋カープ”“江夏豊”を扱ったノンフィクションとくれば、いまは亡き山際淳司が『Number』創刊号に掲載した『江夏の21球』を思い起こす人が圧倒的に多いことだろう。
1979年、広島対近鉄の日本シリーズ第7戦9回裏の攻防を描いたこの作品は、日本におけるスポーツノンフィクションへのステータスを決定づけた名作であることは言うまでもない。
そして、この名作を収録したのが『スローカーブをもう一球』である。
本書はこの『江夏の21球』をはじめ、1979年夏の甲子園大会における、箕島vs星陵の延長18回の死戦に迫った 『八月のカクテル光線』、そして超スローカーブを勝負球とする“らしくない”高校球児との交流を綴った『スローカーブをもう一球』などが収録されている。






 スローカーブをもう一球
山際淳司著 
角川文庫

 





山際作品の中で個人的にもっとも好きなのが、1973年、ペナントレース最終戦までもつれ込んだ、巨人と阪神の激闘記『男たちのゲームセット―巨人・阪神激闘記』である。

   




男たちのゲームセット―巨人・阪神激闘記

山際淳司著 
角川文庫

 






『男たちのゲームセット―巨人・阪神激闘記 』であるが、なぜ“男たち”と名づけたのか? 
おそらくは、アメリカのピューリッツア作家にして、第一級のスポーツノンフィクションライターである、
デビット・ハルバースタムの『男たちの大リーグ』に由来するのではないだろうか。

   

 



男たちの大リーグ
デビット・ハルバースタム著/常盤新平訳 
宝島文庫 






『男たちの大リーグ』は1949年、ジョー・ディマジィオ率いるニューヨーク・ヤンキースと、
テッド・ウィリアムス率いるレッドソックスのペナントを賭けた熱き戦いを、ディマジオ、ウィリアムスは
もとより、両軍ひとりひとりの選手の逸話を細かく散りばめた500ページにも及ぶ大作である。
ハルバースタムはこのほかに、『さらばヤンキース-運命のワールド・シリーズ』『鳥には巣、蜘蛛には網、人には友情』。以上、2冊の野球ノンフィクションを発表しているが、まずは『男たちの大リーグ』から読むことをおススめする。

   

 




打撃の神髄 榎本喜八伝 
松井浩著 
講談社





最後は昭和30年代から40年代にかけて、オリオンズの主軸として鳴らし、
首位打者2回、通算安打2314本を記録した天才安打製造機・榎本喜八で締めくくろう。
この本が出たときは、多くの野球ファンは少なからず驚いたことを覚えている。
なぜならば、榎本喜八は不出世のバットマンと言われながらも
“孤高の人”“変人”と呼ばれ、引退後は、野球界との関わりを一切絶ってしまったため、
まさに“生ける伝説”だったからである。
その榎本が30年間にも渡る、長き沈黙を破って自らを語ったのがこの一冊。

あくなき理想郷への探求と、そのための壮絶な鍛錬の日々……やがては「神の境地に辿りついた」とまで言われた男が目にした最終風景とは、一体どのようなものだったのか? 
野球ではなく、野球道を極めてしまった男の栄光と狂気の物語である。

おおさわ・なおき 編集者歴20年強。趣味は、読書と落語とお笑いとスポーツ観戦(特にプロ野球と大リーグ、メジャーリーグなんていいません、大リーグです)を深く愛する。おまけにねこも深く愛しております。