ニコン映像カンパニーマーケティング本部第一マーケティング部の笹垣信明ゼネラルマネジャー(右)と、ニコンヨーロッパ セールスアンドプランニングの浅井政明ゼネラルマネジャー

デジタル一眼レフカメラの高画素数化、35mmフルサイズ化を一気に進めるニコン。この春、3630万画素という超高画素の「D800/D800E」を発売したかと思えば、9月には2430万画素の廉価版「D600」を市場に送り込むという、矢継ぎ早のリリースが話題を呼んでいる。ドイツ・ケルンで9月18~23日に開かれた世界最大のカメラ・映像機器の見本市「フォトキナ2012」でも、これら新製品に触れようと、多くの来場者がニコンブースを訪れた。会場のケルンメッセで、新製品の反響とこれからの戦略、さらには欧州市場の動向について、ニコン映像カンパニーマーケティング本部第一マーケティング部の笹垣信明ゼネラルマネジャーと、ニコンヨーロッパ セールスアンドプランニング の浅井政明ゼネラルマネジャーに話を聞いた。

●フルサイズモデルの「D600」が目玉

「今回のフォトキナで一番の注目製品は、発表したばかりの『D600』」と語る笹垣ゼネラルマネジャー。「春に発売した『D800』も好評だが、小型軽量化して価格を抑えた『D600』にも非常に大きな反響がある」という。ニコンでは、35mmフルサイズセンサを搭載するモデルをFXフォーマット、ASPS-Cセンサを搭載するモデルをDXフォーマットと呼んでいるが、D600はそのFXフォーマットの廉価モデルという位置づけだ。

廉価モデルとはいえ、ボディ単体で20万円以上もする高価格帯の製品だ。どのような層から評価されているのだろう。笹垣ゼネラルマネジャーは「メインターゲットの写真を趣味にする方々に、特に高い評価をいただいている」としながら、「フィルムカメラを使っていた人たちは、いまではかなり少数派になっているかもしれないが、フィルムの時代は35mmが標準だった。表現の幅という点で、フルサイズはすぐれている」と、フルサイズのメリットを語る。

「センサが大きいので、同じ画素数なら1つひとつの画素を大きくすることができ、高感度に強くなる。また、被写界深度が浅くなるので、よりボケ味の効いた写真を撮ることができる」と笹垣ゼネラルマネジャーが語るように、フルサイズセンサのメリットは多い。しかし、一番の違いはファインダーを見た感覚のようだ。「ふだん『D90』『D7000』『D300』といったDXフォーマットをお使いの方がFXフォーマットのファインダーをのぞけば、違いははっきりわかるはず。さらには、光学ファインダーのよさも感じていただけるだろう。とにかくファインダーをのぞいてみてください、と言っている」という。撮影のフィーリングを重視するニコンらしい話だ。

●どこまで進むか、高画素化

『D800』は、3630万画素という例をみない高画素センサを搭載して業界を驚かせたが、こうした傾向は今後も続くのだろうか。笹垣ゼネラルマネジャーは、「単なる高画素数化では意味がない。いい画質を得るためには、ほかの要素とのバランスが重要だ」として、「これからも画像処理技術は進歩していくので、それに応じて高画素化が進む可能性はあるだろう」と語る。それでも、「今の画像処理技術では、5000万画素とか1億画素というのはおそらくないだろう」と、現段階で、画素数はかなり上限に近づいているという認識を示した。

バランスという意味では、レンズはさらに重要な要素だ。「いくら画素数を上げても、レンズが追いついてこなければ画質の向上にはつながらない。画像処理技術とレンズ技術をにらみながら画素数をどこまであげるかを決めていきたい」という。

一方で、画素数が大きくなるとデータ量も増え、パソコンでの扱いが難しくなってくる。この点を、ニコンはどのように考えているのだろうか。「画像データをパソコンに移した後というのは、なかなかタッチできない部分。ただ、以前600万画素程度のモデルが主流だった頃、1000万画素といった高画素のモデルが出ると、『そんなの誰が使うんだ』などと言われていた時代があった。しかし、すぐにパソコンが高速化して追いついてきたという歴史がある。おそらく同じようなことが起こるだろう」と笹垣ゼネラルマネジャーは語った。

●ターゲットが広がるミラーレス一眼

ニコンがミラーレス一眼「Nikon 1」を発売して、1年が過ぎた。スタートこそゆっくりだったが、今年に入って国内のミラーレス一眼販売台数で一時2割を超えるシェアを記録するなど、一定のポジションを獲得している。ミラーレス一眼の位置づけについて笹垣ゼネラルマネジャーは「『Nikon 1』は、コンパクトからステップアップするユーザーをターゲットにしている」と語る。

その一方で、ニコンには『D40』というエントリ一眼レフの名機があった。エントリ市場では一眼レフと『Nikon 1』で食い合いが生じるのではないかという懸念に対しては、「一部で『Nikon 1』に置き換わるかもしれない。しかし、『D40』や『D60』などでも、『ちょっと大きすぎる』という層はいたと思います。そんな方々を『Nikon 1』でカバーしていきたい」と答えた。

コンパクトデジタルカメラユーザーを狙うという戦略の背景には、「なんといっても母数が大きい。コンパクトは、世界市場で年間1億台前後、一眼は増えたといっても1500万台程度だ。一億台のお客さまがターゲットだと考えている」という理由があった。そのうえで、競合メーカーが相次いでミラーレス一眼の上位モデルを発表していることを受け、「今後、系列を増やしていきたい。さらに上位の機種を出す可能性は十分にある」と語った。

上位モデルを出すとき、1インチという小さめのセンササイズが足かせになることはないのだろうか。笹垣ゼネラルマネジャーは「1インチだからこそ、できることがたくさんある。高感度や画素数を求めるユーザーには、一眼レフで応えていく」とした。システム全体がコンパクトになるというのが、小型センサモデルの最大のメリットだろう。

Nikon 1の特徴は「とにかく高速性。『J2』の発表会では、この小さなボディに『D4』のパフォーマンスが入っている、と説明した。秒10コマ撮影は『D4』クラスの性能。この高速性を生かして、動画と静止画を組み合わせた映像を撮ることができる『モーションスナップショット』や、シャッターを切る前後の20枚高速に撮影して1枚のベストショットを自動的に選ぶ『スマートフォトセレクター』という機能を提案して、価値を広げていく」と語った。

●コンパクトでも止まらない高画素化競争

このところ、コンパクトデジタルカメラでも高画素化の動きが続いている。国内市場では、この9月、1600万画素以上のセンサを搭載するコンパクトデジタルカメラの販売台数構成比が7割を超えた。しかし、小さなセンサにいくら画素を詰め込んでも、実質的な画質向上につながらないことが多い。笹垣ゼネラルマネジャーは「先進国では、これ以上の画素数はいらないという声が出はじめている。一方で、新興国には、まだ画素数イコール画質という受け止め方が根強くある」と、高画素数化は、ある種マーケットの要請という見方を示した。

一方で、コンパクトデジタルカメラは、新しい利便性が求められるようになってきた。「春には『COOLPIX S30』というお子さんでも使えるファミリーカメラをリリースした。また秋には、話題になっているAndroid搭載の『COOLPIX S800c』を発売。『COOLPIX S01』というとても小さいカメラも出した。いろんな用途に使っていただける新しい提案をどんどんやっていく必要があると思う」。

さまざまな視点から新しい価値を見出そうと模索するニコン。「われわれは、コンパクトではチャレンジャーのような立場から始まっている。高倍率ズームモデルや薄型モデルで、ある程度のポジションが固まってきた。さらに新しいところを伸ばしていきたい」と意欲的だ。

特にAndroid搭載の「S800c」については、「反響がすごい。あんなに反響があるとは思わなかった」としながらも、「今後もAndroidを積んだ情報端末のようなカメラは増えてはいくだろうが、全部がそうなるわけではない。撮ってすぐネットに飛ばす必要はなくて、むしろいい写真を撮ることに集中したい、というユーザーもいる。そこではAndroidは不要になる」と、用途に応じた使い分けが必要と話す。

コンパクトデジタルカメラがスマートフォンに侵食され始めているという話については、「特に低価格帯では浸食されているのは事実だろう。スマートフォンで十分という20代は多い。しかし、30代になって結婚すると、子どもの写真はスマートフォンじゃなくて、カメラで撮りたいという声が増えてくる」として、そうした状況での新しい使い方提案の必要性を語った。

すでにあるものを、大きくしたり小さくしたり……というのはマーケティングの常道だが、手のひらにちょこんと乗るサイズの『S01』は、極端に小さくしておもしろみが増した好例だ。『S01』発売の理由を、笹垣ゼネラルマネジャーは「新しい提案だ。コンパクトを持っている人でも、もう1台買ってみたいな、と思うような製品を目指した。スペックこそ、1014万画素で3倍ズームという少し前スペック。でも、あの外観を見ると『え?』と思ってくれるのでは」とにこやかに語る。「ただ、トイカメラにならないよう、品位感には徹底的にこだわった。本体だけでなく、ケースや化粧箱もそうしたテイストを貫いている」という。

●欧州のミラーレス市場はまだまだこれから

南欧を中心に不安定な経済情勢が影を落とす欧州市場だが、このところのカメラ市場の動向はどうなっているのだろうか。ニコンヨーロッパ セールスアンドプランニング 浅井政明ゼネラルマネジャーは「国によって違いはあるが、南欧情勢を反映して、コンパクトの前年比は欧州全体で落ちている。これには、スマートフォンが普及した影響などもある」とする。

特に、「価格の安い下位モデルは、スマートフォンの影響を受けている」という。しかし「スマートフォンの普及で、写真を撮る人、楽しむ人は増えている。こうした状況が、一眼レフや高級コンパクトには逆によい影響を与えているともいえる。また、一眼レフは前年比プラスで推移していて、通年では10%以上の伸びを記録するとみている。ミラーレスを加えれば、さらに伸び率は高まるだろう」と話す。日本同様、徐々に高級製品が注目を浴びるようになってきたようだ。

とはいえ、「欧州ではミラーレス一眼の占める割合がまだ15%程度。これからの市場だ」と、ミラーレス一眼市場の出遅れを指摘する。「日本のように50%近くまで行くかどうかについては、まだみえない段階」と浅井ゼネラルマネジャー。「保守的なユーザーが多く、しっかりファインダーがあって、レンズのラインアップが揃っていて、という一眼レフへのニーズが依然高い」というのも、ミラーレス一眼が伸び悩んでいる理由のようだ。

フォトキナのお膝元、ドイツは、「欧州のなかではいいほう。一眼は好調に伸びているし、コンパクトもそれほど落ちていない」という。同時に「コンパクト市場は、実は北欧、スイスといったむしろ経済が悪くないところが落ちている。スマートフォンの影響もあるし、世帯普及率も高い。買替えサイクルが長くなってきているのが要因だろう」と分析し、「需要はおそらく上位モデルにシフトしていくのではないかとみている」とした。

一方で、スマートフォンの普及率が低い南欧は、「カメラの販売は落ちてはいるが、落ち方はそれほど大きくない」という。しかし「スマートフォンだけでなく、コンパクトや一眼の普及率自体も低い。逆にいえば、伸びしろがあるということだ」と、開拓の余地はあるとした。

消費者の購買行動について、欧州とアジアではどのような違いがあるのだろうか。「欧州は、値段と価値のバランスを重視する。価格帯で市場規模がピラミッド型になっている。まず予算があって、そのなかでどれだけよいものを買うか、ということ。趣味だから金に糸目はつけないという人は、比率としてはかなり小さいと思う」と、賢い消費者というイメージらしい。

一方、「日本では、一眼レフは結構高いものが売れる。さらに中国では、極端に高い製品がよく売れる。プロ用の高額なレンズも同じ。店のなかで一番高いのはどれだ、という買い方をする人も多い。一番安いモデルは面子が許さないのか、売れない。下から2番目のモデルが売れる。贈答品としての用途もあるようだ」と欧州とアジアの違いを語った。

販売店の状況は「ヨーロッパの流通も、量販店の力が強くなってきている」と浅井ゼネラルマネジャー。「インターネットの販売量がかなり増えてきている」としながらも、「カメラ専門店は、一眼レフを売るメーカーとしては非常に重要だ」とした。いずれにせよ、カメラの高級化は欧州でも進んでいるようだ。(道越一郎)