相米慎二、没後20年。なぜリスペクトされ続けるのか

ここ数年、日本映画界の最前線をひた走る若い映画人たちのインタビューで、自身の演出の狙いを語る上で相米慎二の名を出している光景に遭遇する機会が増えた。

相米慎二監督は2001年9月9日に亡くなり、今年で没後20年。今も相米組が実践した映画作りは後人の映画人を刺激するのはなぜなのか。

今年『偶然と想像』でベルリン国際映画祭の審査員グランプリ(銀熊賞)を、カンヌ国際映画祭では『ドライブ・マイ・カー』で脚本賞を受賞した濱口竜介監督。

俳優の発する声に独自の演出論を持つ彼は、「甦れ相米慎二」という本で、相米映画における俳優の声の重要性を論じている。

現在公開中の『先生、私の隣に座っていただけませんか?』について、堀江貴大監督はツイッターで「相米慎二監督『ラブホテル』の寺田農さんがインタビューで「起承転結で生きない人間」という言葉を使っていてそんな風に人間を描きたいと思って作った映画です」と記している。

新作『ちょっと思い出しただけ』を作り終えたばかりの松居大悟監督は、去る2月のユーロスペースでの没後20年の特集上映に通い「どの作品も雨が降ると命が溢れる。こんな映画を作りたい」とツイートした。

奇しくもこれまでソフト化されてこなかった作品も没後20年を機に、2021年相次いでBlu-rayやDVD化された。命日を前後に2冊の著書「相米慎二 最低な日々」「相米慎二という未来」の本も刊行された。

そこで、入門者のために、未だエバーグリーンな魅力を放つ相米映画にアクセスするための3つの魅力をお伝えしよう。

相米映画の魅力1:どこまで続く!? 長回し撮影の力技

相米慎二監督の作品は、ここぞというときに、カットを割らずカメラを回し続ける長回しのシーンで知られる。小型のデジタルカメラが発達した現代と違い、当時のカメラは大型で、フィルムでの撮影。

なのに相米映画の登場人物たちはひとところにじっとして内省するようなキャラクターはほぼおらず、前へ、横へとアグレッシブに動いていく。

撮影はおのずと複数のクレーンを乗り換えて、カメラが俳優の動きを追い続けるなど、撮影監督はアクロバティックなカメラワークを駆使することとなる。

相米映画にみなぎる過剰なテンションはしばし、一発勝負のライブと比較されるゆえんである。

長回しでとくに有名なのは、河合美智子と永瀬正敏のデビュー作『ションベン・ライダー』や斉藤由貴主演の『雪の断章‐情熱‐』のファーストシーン。

まるで「不思議な国のアリス」の冒頭のウサギが飛び込む穴のように、観客を即時に異空間へと引きずり込んでしまう。

また、普通の女子高生が弱小ヤクザの組長へとなる薬師丸ひろ子主演の『セーラー服と機関銃』では、中盤、薬師丸演じるヒロイン、星泉が新宿御苑の太宗寺から新宿へとバイクに乗って繰り出すまでの一連の時間がワンシーンワンショットで撮影されている。

ここは、横移動の撮影ではなく、寺を起点として、スクリーンの奥から観客の方に向かって飛び出してくる縦の移動で撮影されている。

ピンを合わせ続けるカメラマン仙元誠三の手腕もさることながら、星泉が乗っているバイクと、並走して前から撮り続ける車両部の絶妙なタイミングなど、当時キレキレ状態にあった相米組総力のあうんの呼吸にワクワクさせられる。

相米慎二は登場人物の真情や状況が、蛹期から羽化する瞬間を逃さずとらえる監督であった。助走をつけてからの飛翔を劇的に見せる上でも長回しの効果は効いている。

相米映画の魅力2:エンドレスなダメだしから成長した役者たち

長回しの撮影においては、それだけの間を持たせる俳優の動きと表情の変化が肝になる。

相米監督が厳しいと言われるのは、スクリーンを牛耳るパワーを俳優から引き出すための演出論であった。相手が三浦友和のような大人であろうと、薬師丸ひろ子、永瀬正敏、田畑智子という新人の若者であろうと、そこは手を抜かなかった。

羽化する瞬間を延々と待つ持久戦は、×と△の札を美術部に作らせて、リハーサルで×を出し続けたというのは、『ションベン・ライダー』での河合美智子の証言だ。

斉藤由貴は『雪の断章―情熱―』で、二人の青年に育てられることになったみなしごの伊織が、高校生となって初めて自分の意志で北海道大学への進学を決意して、みんなに宣言する場面でOKが出ず、100回ほどリハーサルを繰り返したという。

完璧に覚えていたセリフを忘れてしまうほどの混乱状況の中、半ばやけくそとなり、中二階のフロアから、天井からぶらさがっていた取っ手に飛びつくという芝居をしたところ、OKが出て、興奮状態で泣いている彼女に「今みたいなことでいいんだ」と声をかけたという(「相米慎二という未来」より)。

それは物語においての伊織と、新人女優である斉藤由貴が自発的な意思を獲得し、第三者に表現した瞬間が重なったときで、相米映画ではこういうメタモルフォーゼの瞬間が作品のクライマックスとなっていることが多い(『ションベン・ライダー』で、河合美智子演じるジョジョが初潮の瞬間を迎える熱海での場面や、『お引越し』の田畑智子演じるレンコが両親の離婚を受け入れ、琵琶湖で過去の自分を抱きしめる場面など)。

相米監督のデビュー作『翔んだカップル』の薬師丸ひろ子、鶴見慎吾、尾美としのり、『ションベン・ライダー』での河合美智子、永瀬正敏、『台風クラブ』の工藤夕貴、『お引越し』の田畑智子など、新人の段階で相米監督の目に留まり、その後、日本映画界の中軸を担っていく存在となっていったのは、俳優の動きが決まって、そこから明かりを当てる場所、撮影する場所を決めてポジショニングしていくという徹底した俳優ファーストの現場で育まれた結果なのである。

奇しくも遺作となった『風花』で相米監督と出会った浅野忠信は、この俳優第一主義は今こそ、これからの日本映画界に見直されるべき映画作りの姿勢だと提唱している(「相米慎二という未来」より)。

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