まちなかにおけるアートの実験場として、横浜・みなとみらいの新施設「ぴあアリーナMM」のエントランス前に誕生したパブリックスペース「モーションコリドー」。

全長50メートルの開放的な通路の8本の柱に、縦長ディスプレイのデジタルサイネージが設置されたこの空間では、国内外で活躍するクリエイターの作品を体験することができる。

撮影:藤田 亜弓

今回は、そのオープニングを飾った3組のクリエイターのうち、捻れながら旋回するカメラワークが印象的な「Kinetic Frames」を手掛けた、CEKAIの井口皓太に話を聞いた。

実写とCGを実験的に融合する作品で知られる井口は、今回の特殊な空間での作品制作で何を目指したのか? 制作に併走したBasculeの上田昌輝とぴあの平野淳とともに尋ねた。

「Kinetic Frames」 Ⓒ 2020 井口皓太/Kota Iguchi​

「環境の中にある映像をどう考えるのか」井口皓太 × 上田昌輝 × 平野淳 座談会

左から平野淳(ぴあ)、井口皓太(CEKAI)、上田昌輝(Bascule)

──井口さんが今回制作された「Kinetic Frames」は、3Dスキャンされた人物やモノで構成されたCG空間のなかを、8秒おきにカメラが移動していく作品です。

8本の柱の映像はそれぞれ別世界のように見えますが、カメラの移動によってじつはつながっていることがわかる不思議な感覚の作品ですね。制作にあたって、どのようなことから考えましたか?

井口 そもそも、最近、サイネージについて考える機会が多かったんです。

商業施設には何となくサイネージを入れているところがけっこう多い。使い方がわからず、何かしてくださいという依頼がよくあって。

そこで、時計として使ったり、いろいろなアイデアを出すのですが、サイネージって、本当はもっと多様な可能性があると思うんです。

というのも、普通の映像を見るとき、人はフレームの中の世界に没入しますが、サイネージはそれと少し違って、環境の中の物質、環境の中の映像としても見られますよね。

その意味では、今後、映像が平面を越えて立体になったり、曲がったりと、従来の規格ではないあり方に広がっていく未来を考えるうえで、良い素材なんじゃないかな、と。

映像作家の井口皓太

──一般にサイネージには時計や広告や天気予報など、何らかの用途が与えられるものが多いですが、今回は純粋に作品として出せる点もそうした「実験」には好都合ですね。

井口 そうそう。依頼を受けたとき、これは「環境の中にある映像をどう考えるのか」というお題だと思いましたね。

平野 みなとみらいでは、もともとまちなかの広告が厳しく制限されているんですね。

当社としても、広告だけ流すサイネージでは街にフィットしないという思いがあって、せっかくの環境を生かしながら、新しいアート体験ができる空間にしたいと考えていました。

上田 井口さんに制作をお願いした理由は2点あって、ひとつは9:32というありえないような縦長のサイネージが並ぶ空間で、奥行きの表現を面白くしていただけそう、ということでした。

もうひとつは、今後若手がこの場所を目指したくなるような、斬新な表現をしてくれる表現者であることです。

とくに井口さんがナイキと組んだ 、"「先」FUTURE OF AIR"という、実写をモーショングラフィック技術で動かした映像は斬新で、こうした奥行きを使った実写表現が通路で展開されたら面白いと思いました。

井口さんは以前、「LUMINE meets ART AWARD」でもサイネージを手掛けていますよね。どう考えて作っていたのか、今回との共通点などあればお聞きしたかったんです。

Bascule の上田昌輝

井口 そこで作ったのは「Motion Textile_1sec」という作品でした。

さっきの話とも重なるのですが、サイネージってどうしてもフレームが気になるんです。映像の中に没入するというより、風景の一部として映像があるから。

Motion Textileはそうしたフレームの問題を意識して作った作品で、テキスタイル(布地)ってどこで切ってもいいわけですよね。

それと同じように、どこで切りとっても成立する映像を作れないかと思ったんです。

「Kinetic Frames」でも、タイトル通り、まさにフレームの問題を意識しています。そもそもサイネージは、しっかり見るぞという姿勢で見るものではなく、眺めるという感覚に近いもの。

しかも、見る人自体も動くから、視点もどんどん変わる。そのなかでどのような見る人と映像の関係を作れるのか、考えながら制作しました。

上田 完成した作品の前に立つと、実際には映像のなかのカメラが動いているのに、まるで自分自身の視点が動いているような、強い身体性を感じました。

井口 じつは途中でカメラワークに手ブレを入れたんです。ブレのない作り込んだ滑らかなカメラワークよりも、人を感じるカメラワークのほうが、見る人と映像にシンクロする瞬間が生まれるのではないかと。

あと、今回は意図的に画を止めている箇所もあります。あまりに映像が動いていると、逆に動きを感じなくなってしまう。

あえて止めることで、見る人の意識に揺さぶりをかけるような効果を狙いました。

──見る人と映像の接点となるような仕掛けがいくつも盛り込まれているんですね。

上田 8秒という間も絶妙だと思いました。画がすごい不思議な世界観じゃないですか。

意味を考えるんだけど、理解する前に進んじゃう。なので、飽きずに見られますよね。

井口 当初は1時間止めることも考えました(笑)。僕は横浜出身なんですが、そごうのからくり時計は1時間に1回動くんです。

動くものに溢れた世の中で、たまにしか動かないものを楽しみに待つ時間って豊かだなと。最終的にはバランスをとって8秒にしましたが(笑)。

「刹那的な体験」を生み出すために意識したこと

──ところで井口さんが制作前に作られた資料に、「絵画と映像、実写とCGの曖昧な間を越えた刹那的な体験を生み出したい」とありました。この言葉に込めた想いとは?

井口 僕はもともとグラフィックデザインを学び、それを動かすことから、映像の世界に移った人間です。

グラフィックデザインは、従来は瞬間的に情報を伝える役割を担うものとされてきましたが、これだけモニターや映像が溢れるなかで、いま逆に瞬間的に伝えられなくなっているというか、瞬間の捉え方が変わってきたと感じるんですね。

そこに書いた「刹那的な体験」もそれとつながっていて、実際はその映像を誰がどの高さで見るか、どの瞬間を見るかもわからない。

みんな、体験の仕方が違うなかで、動かせるようになったグラフィックと見る人の関係をどう再構築するかを考えているんです。

──たしかに、従来のグラフィックデザインが言う「一瞬で伝わる」の「一瞬」って、誰にとっての瞬間なのかという問題がありますね。見る人は、本来は一様ではないのに。

井口 そう。違和感が生まれているんですよね。

僕が勉強した時代、グラフィックデザインは時間と空間を内包していると教えられました。

それには納得する一方、僕は東京オリンピック・パラリンピックのピクトグラムを動かす仕事もしているのですが、不動のサインを動かすとはどういうことか、考えざるを得なかった。

新しい時間の捉え方や媒体が生まれるなかで、モーション映像とグラフィックと絵画の曖昧さを探りたかったんです。

 ──実写とCGの境界に対するこだわりについてはいかがですか?

井口 今回も使ったフォトスキャンという技術は、モデルを多角的に撮影し、写真でCGを生成する技術ですが、実写と言えば実写なんです。

いまはもはや、何が実写でCGなのかもわからない。

僕がその技術を使うのは、カメラワークの自由度が高くなるという理由もありますが、そこに今の時代の匂いみたいなものが刻まれるからです。

というのも、写真でできるCGの精度って、まだあまり高くない。それも含めて、時代を象徴する質感だと思っていて、現在のサイネージにその質感を与えることが重要だと思っているんです。

──ポスター的に平面構成された画面同士が、8秒おきの回転・移動によって立体的につながるわけですが、そのCGの世界はどのあたりから組み立てていくのですか?

井口 最初に平面をディレクションしました。その画を決めて、どのようにカメラが動くと面白いかを考えるという順番ですね。

平面的になる部分は、まさにポスターのつもりで構成しています。構成的に作られた平面が突然動き出して空間を見せたときに生まれる、ズレのような感覚が面白いと思っています。

上田 美術セットもユニークでしたが、どんなテーマを設けていたんですか?

井口 テーマは、海外から見た、誤解も含んだ”日本”のようなイメージです。じつは映像内に現れるアイテムには、3〜4組くらいの友人のクリエイターたちの作品を使っています。

たとえば石を持つユニークなフィギュアが出てきますが、あれは昔から付き合いのあるmagmaというユニットの『ROCKY』という作品です。

そうした実際にあるものを3Dスキャンして使用しています。空間を作るうえで苦労したのは、やはりこの縦長の画面ですね。

僕は変わった比率の映像を手がけることが多くて、今回の話を受けたとき、チームスタッフからは「また変な画格だ」って言われました(笑)。一般的な「16:9」の映像ってほとんどやっていないですね。

上田 9:16はサイネージとしてよく見ますが、9:32は存在しないかもしれないですね。

初見で見たらビックリしますよね。

井口 非常に映像作家殺しの画格でしたよ(笑)。

どう配置しても上が余るんです。冒頭に上田さんが「奥行き」と言われたけど、それを生み出すために何度もシミュレーションしました。

最終的には、このフォーマットの場合、空間を前後に大きく回転したほうがより奥行を感じることがわかり、ずっとカメラが回転し続ける映像になりましたね。