俺俺』を手がけた三木聡監督

三木聡監督が亀梨和也を主演に迎えた新作映画『俺俺』が5月25日(土)から公開される前に三木監督に話を聞いた。

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本作は平凡な男・永野均が、何となくなりゆきで他人の携帯電話を手にしたことから、オレオレ詐欺をしたところ、なぜか俺の前に“もうひとりの俺”が出現し、同じ顔で同じ好みだけど少しだけ違う“俺”が増殖していく現象に巻き込まれていく様を描いている。

本作では亀梨演じる“俺”が次々と増殖していくが、彼らは完全にコピーされた“俺”ではない。それぞれが少しずつ違う姿をしており、彼らは自らを“大樹”や“ナオ”と名乗る。彼らは本当に“俺”なのか? 三木監督は原作になった星野智幸の小説を読み「自己完結してしまうことへの恐怖を感じた」という。「撮影中に亀梨が『均が弱くないか?』って言うんですね。確かに大樹やナオと対峙したときに均は弱いと思う。でも他者と対峙する中で個が成立すればいいんですね。問題なのは、他者に対して自己投影をしてしまうこと。それは最終的に“全部が俺になっていってしまう”ってことで、自分が観た他人の中で暮らしているんじゃなくて、他人には他人の別の人格があるってことを再認識しないと、複雑な問題になっていくんだと思います」。

俺の考える、俺の期待する通りの相手“だけ”を見るようにすると、その場はしのげるし、状況は安定する。しかし、安定はやがて混沌を生み出す。興味深いのはそんな物語をつねに“不安定”を志向してきた三木監督が描いていることだ。「長年やってるとそれなりに権威じゃないですけど、安定の世界に寄っていってしまうし、ドラマを作ると『時効警察』のもようなものを求められてしまう。だから必ず不安定な方に不安定な方に行くんですね。人間って意味本能があるから不安定なものを嫌うんで、意味がわからないものに意味を埋めようとするんですね。ただ、物語上の安定が、本当にいいことなのかと思っていて、意味に合わないものを要素としてちりばめることで別の意味が生じる可能性をもってくれる。普通の映画もないとダメだと思いますけど、つじつまを合わさなくてもそれを飛躍させることで新しい面白さが生まれるんじゃないかと思っています」。

“俺”が増えて行くことを楽しむこともできた。笑いにすることもできた。しかし、三木監督は細部まで考え抜かれた映像と音響、そして語りによって、安定を求めて増殖を繰り返す俺の“不安定”さを描く。その果てには一体、どんな景色が広がっているのか? 原作とは異なる結末を目撃してほしい。

『俺俺』
5月25日(土)公開