なぜ「横浜」という地名? 名前の由来と意外な歴史が明らかに!

横浜のマニアックな情報をお届けしている「はまれぽ」が、地名「横浜」の由来について徹底調査してみました!

ユーザーから投稿された「キニナル」情報を検証すべくはまれぽが体を張って調査!
今回のテーマは…

横浜って、そもそもどうして「横浜」って名前なんでしょう?
(こえりさん、ともちゃんさんのキニナル)

 

横浜、ヨコハマ、YOKOHAMA・・・。街の名前の由来には必ず何かしらの意味があるもの。普段はあまり意識しないのに、一度気になりだすと気になってしょうがないものでもある。

「横浜」の由来を考えると、キーワードになりそうなのは「浜」の部分。
しかし、今の横浜市には、海はあれど砂浜はほとんどない。

当然、大昔は護岸整備もしてなければ、港湾施設もなかったわけだから、きっと砂浜だったはず。だったら、そこが名前の由来なのか。でも、そうしたら「横」とはいったいなんなのか・・・。

さっそく図書館や博物館をめぐって調査してみたので、その結果をご報告!

 

横浜は海だらけ!?

やはり「海」に象徴される横浜市なので、「浜」は砂浜の意味だと考えるのが自然。ただ、みなとみらい地区に代表されるように、横浜には埋立地が多く存在する。

つまり、今の海岸線と昔の海岸線は大きく違っていたというわけだ。以前はどんな地形だったのかを調べると、結構なビックリに出会うこととなった。

下の図は1600年代の関内周辺を表したものなのだが・・・
 

1600年代の横浜の図

まず、左下の黄色で囲った部分が、もともと「横浜」と呼ばれていた土地。言わば「元祖・横浜」だ。

この辺りは現在の山下町に当たる地域で、1800年代までは横浜といえばこの部分だけだったのだ。現在の大都市・横浜も、江戸時代(1800年代前半)は80数戸の家が立ち並ぶだけの寒村だったのである。

そして、それ以上の驚きは、真ん中がぽっかりと入海になっているというところ。分かりやすくするために、当時の地形を現在の地図と重ね合わせてみよう。

 
資料から推測し、現在の地図と重ねた図

この地図を見れば一目瞭然。

海側の山下公園や、関内駅、横浜スタジアム、中華街はもちろん、伊勢佐木モールも、横浜橋商店街も、「お三の宮」として知られる日枝神社も、全部海だったのである。

 
中華街
伊勢佐木モール
 
横浜橋商店街

みなとみらいや八景島が埋立地であることは有名な話だが、実は私たちが普通に生活している地域まで人工的に作られた土地だったのだ。

ちなみに、この入海が埋め立てられたのは江戸時代のことなのだが、それはまた別の機会にご紹介しよう。

 

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