『シレンシオ』 撮影:伊東和則 『シレンシオ』 撮影:伊東和則

“日本でしか観られないフィジカルシアター”と銘打った舞台『シレンシオ』(作・演出、小野寺修二)が7月2日、東京芸術劇場プレイハウスにて開幕した。マイムを基盤に身体表現の可能性を切り拓くアーティスト・小野寺が新たに構築したのは、タイトルが意味する“沈黙”“静寂”をキーワードに展開するパフォーマンスドラマだ。衝撃を呼んだ舞台『空白に落ちた男』(2008年初演、2010年再演)で小野寺と息を合わせたバレエダンサーの首藤康之とともに、今回は『空白~』の舞台に感銘を受けたという女優・原田知世が、30年ぶりに舞台に挑戦。台本はなく、身体の動きから生まれるストーリーを積み重ねて出来上がった“シレンシオ”の世界、その初日公演を鑑賞した。

舞台の奥には横長の壁が見える。その中央にあるドアが、果たして外から内への入口なのか、その逆か……と思いを巡らせているうちにパフォーマーがひとり、またひとりと現れ、舞台空間という現実の輪郭が歪み始めた。ドアから現れたのは原田知世だ。その静謐な立ち姿から濃い感情のうねりが伝わって、女優の身体が放出する言葉の強さに圧倒された。原田だけではない。ジャンルの異なるダンサーなどが集まった出演者6人、各自の身体が別々の語り方で個性を放ち、互いに溶け合ってシーンを豊かに彩っていく。

カフェ、車内、美術館などの設定を想起させて次々に繰り出されるシーンの数々は、シュールなオムニバスドラマのようでいて、つながった1本の物語のようでもある。卓越した技量によって緻密に練られた身体表現は一見、日常の我々の動きと大差ないように思える。それゆえに、いつかどこかで体験した過去の記憶を呼び寄せるのだろうか。既視感を抱くリアルな状況から、歪んだ非日常へと滑り落とされる感覚、その興奮がたまらない。謎めいたミステリーが始まったかと思えば、コミカルなムードへ転換。笑わせられた次の瞬間には、ホラーの予感が訪れる。また、過ぎた日々をせつなく振り返る男女の物語の匂いも漂った。首藤が『空白~』で開拓した喜劇的な魅力をさらに開花。その軽妙な味わいと端正な悲愴の表情とのギャップに惹きつけられた。

パフォーマーの身体全体の動きのみならず、指の動きや、視線の動き、ため息など。それらの残像が観終わった後も鮮明に残って、また自分の脳内で勝手に次のシーンを作り出してしまっている。あのドアは記憶への入口で、パフォーマーの導きをきっかけに、観客個人が静寂のドラマを綴っていく舞台なのだろう。まさに日本でしか、『シレンシオ』でしか味わえない格別の観劇体験だ。

公演は7月7日(日)まで東京芸術劇場 プレイハウス、7月13日(土)に大阪・サンケイホールブリーゼにて上演。チケットは発売中。

取材・文 上野紀子