小林政広監督

『愛の予感』がロカルノ国際映画祭で最高賞に当たる金豹賞を含む4賞同時受賞するなど、国内よりもむしろ海外で大きな存在感を示す小林政広監督。その作品のほとんどがインディペンデント、オリジナルという小林監督の一貫したスタイルは現在の日本映画界において稀有な存在といっていい。孤高の道を歩む鬼才は、新作でまた世界に波紋を呼ぶ1作を生み出した。

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イラクで起きた日本人人質事件を題材にした『バッシング』を代表するように、常に現代の日本社会の闇と向き合い、鋭い問いを投げかけてきた小林監督だが、新作『日本の悲劇』では2010年に発覚した「年金不正受給事件」を題材に取り上げており、理由をこう明かす。「父親の年金が生活の頼りだった長女が父の死を隠して年金を受け取っていたというこの事件が起きたとき、ある通信社から原稿の依頼がきて。そこから興味を持って調べてみると問題の根が深い。結果的に無縁社会、老人の孤独死、中高年の自殺、増え続けるうつ病患者、親からいつまでも自立できない子供の存在など、事件から様々な日本の社会問題が垣間見えてくる。これは無視できなかった」。

作品は、年金受給者の父親と、うつ病で失業した上に妻子にも去られ、父親の年金に頼るしかない息子の物語。余命僅かと悟り自室を内から封鎖した父親が下したひとつの決断と、それを見届けることしかできない息子の姿から、日本の悲しい現実が浮かび上がる。そのドラマにリアリティーを宿らすのは、『春との旅』に続いて主演に迎えた仲代達矢と、北村一輝、大森暁美、寺島しのぶの4人。この実力派の4人の役者がみせる演技、それを引き出した監督の技量は見事というほかない。また、モノクロームの静謐な映像、ほぼダイニングと居間しか使わない意表をつく設定、臨場感溢れる音作りなど、小林監督ならではのエッジの効いた演出法も光る。これに対して監督は「結果的に『春との旅』は、僕にしては極めてまっとうで立派な映画を作ってしまった気がして。やっぱりほかの人が尻ごみするようなチャレンジングなことにトライし続ける冒険を忘れたら僕らしくない。まあ、また元に戻ったということです(苦笑)」と語る。

すでに作品は世界をめぐり、韓国の釜山国際映画祭を皮切りにインド、ヨーロッパ、南米のアルゼンチンなどの海外映画祭で過去の小林作品と同様に大きな反響を呼んでいる。あくなき挑戦を続ける小林監督の渾身作に注目を。

『日本の悲劇』
8月31日よりユーロスペース、新宿武蔵野館他にて全国順次公開

取材・文・写真:水上賢治