『ゼンタイ』(C)(株)テンカラット アプレワークショップ/映画「ゼンタイ」を応援する会

人がふたり以上集まると“社会”が生まれる。その形態は会社や学校、サークルから、近所づきあい、ママ友のグループまで大小さまざまだが、私たちはそうした“社会”の中で、価値観や考え方の違う他人と折り合いをつけながら、あるときには自分を押し殺してなんとか上手く生きている。けれど、そうした“社会”の中で繰り返される日々の生活には嫌なことや理不尽なことがいっぱいだし、それでも自分の立場や生きている環境によっては我慢しなければいけないことが多い。ストレスを抱えながら、毎日をやり過ごしている人もたくさんいるだろう。

その他の写真

そんな現代人の心の解放を描いたのが、橋口亮輔監督の最新作『ゼンタイ』だ。タイトルは全身タイツのこと。斬新な柄のタイツを文字通り頭から被った人々が映っているチラシを見て、何これ? こんなヘンな趣味を持った人たちは自分とは関係ないと思うかもしれないが、いやいや、彼らは私たちと何も変わらない。

「草野球」「コンパニオン」「発泡酒」「レジ店員」「ゼンタイ」「主婦」の6つのエピソードが映し出すのはどこにでもある風景だし、その小さな“社会”の中でそれぞれの登場人物が噛みしめる、不本意だけれど、どこにもぶつけることのできないやりきれない想いは、誰もが一度は味わったことのあるものだ。

彼らは“ゼンタイ”になったときだけ、“社会”から解放される。これまでも『渚のシンドバット』('95)、『ハッシュ!』('01)、『ぐるりのこと。』('08)などで、生きにくい社会と戦いながら必死に“自分”でいようとする人たちを描いてきた橋口監督だからこそ、そこに説得力がある。普段が本当の想いを隠した仮面の顔で、“ゼンタイ”を着て“物”になることで職業や立場、性差を超えて“自由”になれるという逆転の構造にも気づかされることが多いと思う。

ワークショップから生まれた本作は撮影期間3日、製作費220万円で、有名な俳優も出演していない。それでもカラオケボックスで迎えるラストシーンでは、大きな感情のうねりが同時代を生きている私たちの心を激しく揺さぶる。そんなリアルな想いを共有できるのは、『ゼンタイ』が紛れもない本物の“映画”だからだ。

『ゼンタイ』
公開中

文:イソガイ マサト