稲塚秀孝監督

佐藤泰志。没後20年以上経っているこの作家の名はすでに忘れられた存在かもしれない。ただ、41歳と若くして命を絶った彼は、結局受賞は叶わなかったものの芥川賞候補に5度なり、当時、村上春樹や中上健次と並び称された天才作家。『海炭市叙景』が熊切和嘉監督に映画化されたのを機に再評価が高まっている。その伝説の作家に焦点を当てたドキュメンタリー映画『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』が完成した。

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今回、作品を手掛けたのは『二重被爆』が大反響を呼んだ稲塚秀孝監督。聞くと佐藤泰志とは少し接点があったそうだ。「僕も彼も同郷(北海道)で、年も1つ違い。明かすと若い頃、僕も文学を志していて。1967年、彼は「市街戦のジャズメン」で有島青少年文芸賞優秀賞を受賞しているのですが、実は僕も同年に入選していましてね(苦笑)。この時、彼の名前を認識しました。それから大学時代、手紙で何度かコンタクトをとったことがあり、以降、連絡を取ることはなかったものの常に彼は気になる存在で。いつからか彼ときちんと向き合いたいと思いながら時が流れ、いよいよ決心して2年前から取材を始めました」。

その中で、今、作家・佐藤泰志をクローズアップした理由をこう明かす。「正規雇用と非正規雇用の格差をはじめ、今は特に若い世代が報われない社会状況になっている気がします。この状況は、佐藤が青春期を迎える全共闘運動時代にもどこか重なる気がする。作家として日の目を見ることのなかった彼の境遇や、彼が遺した青春小説もまた今の時代に響くところがあると思いました」。

作品は芥川賞候補に5度もなった点に着目。中学時代に“芥川賞をとる”と宣言しながら、受賞することのなかった彼の心境に迫ることで、“佐藤泰志”という作家の肖像を見つめていく。稲塚監督は「作中に登場する生原稿や手紙を見ていただくとわかるように彼は命を削るようにして作品を書いている。作品に自らの魂を宿らすように。この彼の姿勢には、ナレーションを担当していただいた仲代達矢さんもドラマパートで母親役を演じた歌手の加藤登紀子さんも同じ表現者として共感されていました。やはりそれぐらい心血を注がないと人の心を動かす作品は生まれない」。

「この作品が佐藤泰志という作家の存在を知り、作品に触れるきっかけになってくれたらうれしい」と語る稲塚監督。幻の天才作家、佐藤泰志。ひとりでも多くの人に彼の存在が知られることを願わずにはいられない。

『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』
10月5日より新宿K’s cinemaにてモーニングショー

取材・文・写真:水上賢治