(左から)リリー・フランキー、是枝裕和監督

“演じること”を求めない是枝裕和監督の作品における理想のキャスティングかもしれない。是枝はリリー・フランキーを「ひとことで言うと化け物」と評する。公開中の映画『そして父になる』で福山雅治演じる主人公とは対照的なもうひとりの父を演じた。

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6歳の息子が病院で取り違えられた別人の子だった――。衝撃の事実に接した夫婦の姿を通し、親子とは? 父親とは? と問いかける本作。リリーが演じる雄大は、福山演じる良多の息子を実の子と信じて6年にわたって育ててきた、もう一組の取り違え被害者夫婦の夫である。

是枝監督自身が父親になったことが着想のきっかけ。「というか、子どもができてもあまりに変わらない自分がいたんです。そんな簡単に、父性に目覚めて…なんてならないんです。じゃあ父親って何なんだ?」と映画を通して考えることにした。

「取り違え」を題材にしたのは「血の繋がりか?」「一緒に過ごした時間か?」という問いを掘り下げるため。「しばらく撮影で家を空けたら、娘との時間がリセットされていて、互いに緊張したんです。翌日、家を出るとき『また来てね』って(苦笑)。(手を広げて)『おかえりなさい!』みたいのを期待してたんだけど甘かった。血が繋がってるだけじゃダメだと実感して、一緒の時間を作ろうと頑張ってるんですが、『血と時間というものがどういう風に父と子を結ぶのか?』というのが僕にとって切実な問いだった。福山さんが主演に決まって、大胆に“血”と“時間”を選ばないといけない状況に身を置いてみようって思いました」。

都会の高層マンションに暮らし、ひとり息子の慶太の自立を促しながら育ててきた良多と雄大は全てが正反対。群馬で電気屋を営み、子どもたちを大らかに育てている。リリーは「ほぼ100%の夫婦が良多のような夫婦を目指してる。収入、いい仕事、子どもにちゃんとした教育を受けさせたいって。でもそうなると父親が家にいる時間は少なくなる。そういうごく当たり前の構図の中の“ひずみ”を描いてる。雄大の一家もかつてはそこを目指していたはずなんですよ。いろんな失敗をして流れ流れてここにいる。(真木)よう子ちゃんは多分、後妻ですよね(笑)。ドロップアウトしたからこそ気づいたことがある家族なんじゃないかな? 経験値というよりも“失敗値”が高い」と分析する。

本編ではカットしたという雄大の「子育てはピッチャーじゃなくてキャッチャー」というセリフで是枝は「投げたい球を投げる良多とどんな球も受け止める雄大」と、ふたりの父の対比を説明する。「どんな球も受け止める」というのは役者としての福山とリリーへの評価とも重なる。子どもたちとのお風呂、おもちゃの修理、子どもの出迎え…全てのシーンでリリーは演技者ではなく父親である。「みんな良いように解釈してくれる(笑)。子どもはたまに巨匠みたいなアドリブをしてくるから受け止めるだけだった」とリリーは照れるが、そんな彼のあり方こそが“血”だけが親子を結ぶものではないことを雄弁に物語っている。

『そして父になる』
公開中

取材・文・写真:黒豆直樹