何とも不思議な“静けさ”を身にまとって、谷原章介は現れた。普段、TVを通して見せているのとは違った表情。おそらくこのひと月ほど格闘してきた作品がそうさせているのだろう。およそ1年ぶりの主演舞台『クリプトグラム』がまもなく幕を開ける。
物語はデル(谷原章介)とドニー(安田成美)、彼女の息子のジョンの3人の会話を中心に進むが、この“シンプルな”会話が曲者。「暗号」「シンボル」を意味するタイトルの通り、彼らの口から漏れ出る言葉が様々な謎――失踪したと思われるドニーの夫の存在についてなど――をまさに暗号のようにほのめかす。「答えが明示されるわけではない。明確な伏線があり、それを回収し全てを説明するというものと対極にある作品」とあって演じる側にとっても簡単ではない。
正解のない難解な物語に向き合いつつ「(理解が)深まれば深まるほど、難しさを実感していますね」と苦笑を浮かべる。「茫漠とした不安に襲われつつ……でも最近、思うのは日常生活って案外、そういうものだなということ。日常って実は答えが出ないことの積み重ねだし、その意味で“生きている”本なんです」。
会話が肝ではあるが「“語られないこと”にこそ重要な意味がある」とも。「答えが簡単に出ないからこそ、見る人が意識的であれ無意識であれ、自分の中に内包している問題があぶり出されてくると思います」。
演出の小川絵梨子から常に言われ続けているのが「エネルギーを前へ出し続けること」。もちろんこれは単に高いテンションを求められているわけではない。「静かなときでも自分で物語を前に進めていくエネルギーがデルには必要だということなのだと受け取っています。でもそれがすごく難しい。曖昧模糊とした物語の中で『何を拠り所にするのか?」というのもあって……決して前へ行きたくないわけではないのですが、なかなか動かないんです、身体も心も(苦笑)。まさに暗号に囚われていたんですね。最近ようやく、エンジンがかかってきました」。
映画にドラマ、情報番組と多彩な顔を持つ谷原だが「台本、セリフとじっくりと向き合える舞台は僕にとっては様々なことを試すことができ、多くのものを与えてもらえる場」であると言う。さて今回、どんな表情を見せてもらえるのか? 「僕自身も楽しみです」――穏やかな笑みを浮かべ、静かに力強くうなづいた。
公演は11月6日(水)から11月24日(日)まで東京・シアタートラムにて上演。12月3日(火)には兵庫県立芸術文化センター中ホールでも公演。
取材:黒豆直樹