坂下雄一郎監督

“内容が暗い”“描かれる世界が狭い”。こんなイメージがどこか学生の作る映画にはあるのではないだろうか? でも、侮るなかれ! 27歳の新鋭、坂下雄一郎監督が東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作として作り上げた『神奈川芸術大学映像学科研究室』は、そんな学生映画につきまとうイメージをさらりと覆す1作だ。

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「大学助手をしていたころの経験が反映されている」と監督自身が語る物語は、題名が示すように架空の大学が舞台。学校で起きた不祥事の収拾役が回ってきた非常勤助手の身に降りかかる不条理な災難が描かれる。練りこまれた脚本のもと人間の悲喜こもごもを捉えた群像喜劇で、仕上がりは文句なしにエンターテインメント性が高い。坂下監督は「学生の映画というと、いわゆるアート系と評される映画の扱うシリアスな題材や自己を投影させたものになりがち。そういう学生の映画にある先入観を裏切る作品にしたかった」と明かす。

その意識は映画全体にも貫かれている。よく考えられたカット割りと編集でつなげられた映像は実にテンポが軽快。中でも登場人物の会話のやりとりは秀逸で、その独特のセリフの間とリズムが笑いを生む。加えて登場するキャラクターもユニークで魅力的。保身に走るばかりの学科長、問題を起こしても反省しない生徒、頭の固い庶務課課長など、どこかで会ったことがあるような人間たちが並ぶ。劇中で紅一点のヒロイン役、安藤千春を演じた笠原千尋は脚本を読んだときの印象をこう語る。「男性の物語なんですけど、女性の私でもおもしろいと素直に思えました。上下関係であったり、組織の中での立場であったり、ある種の日本の縮図が見えてくるというか。私が演じた安藤も例えば融通がきかないところなど、自身と重なったり、思い当たる行動があったりして(笑)。観てくれた人も、“こういう人いる”と思える人が必ず劇中の人物にいるのではないでしょうか」。

また、その笠原のほか飯田芳、前野朋哉が主要な登場人物3人を各々好演。今後の活躍が期待される彼ら若手俳優の個性と確かな演技力がより人物を味わい深いものにしていることは間違いない。坂下監督は「飯田さんと笠原さんは友人のつてで、前野さんは大学時代からの知人。みなさんすばらしい役者でラッキーでした」と語る。黒沢清と大森一樹という監督に師事した経歴を持つ新人監督の記念すべき劇場デビュー作にぜひ立ち会ってほしい。

『神奈川芸術大学映像学科研究室』
1月25日(土)より新宿武蔵野館にて公開

取材・文・写真:水上賢治