『ダラス・バイヤーズクラブ』 (C)2013 Dallas Buyers Club, LLC. All Right

人間は欲望に突き動かされる生き物だ。欲しいものがあれば手に入れようとするし、やりたいと思ったことに向かって進む。映画で描かれるドラマに、こんな“欲”の要素が欠けているように思えるのは自分だけではないだろう。理想や道徳だけでは人間は簡単に前には進めないもので、時としてご立派な思考に動かされる映画のヒーローが妙に嘘っぽく見えてしまう。しかし、『ダラス・バイヤーズ クラブ』は綺麗事とは無縁。実話の映画化というと人物が美化されがちだが、本作の主人公の行動原理はあくまで“欲”だ。

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HIVで余命30日を宣告されたテキサスのカウボーイが、米国内では認可されていない治療薬を求めて世界中を駆け回り、結果的にそれから7年を生き抜く。本作で描かれるのは、この7年の物語。まず主人公には“生きたい”という欲望がある。それを貫こうとした結果、製薬会社と結託して有効な治療薬を認可しない体制側と対立。そこに反権力のドラマが生じる点が巧い。一方では、大量に仕入れた薬を患者に売りさばいて儲けたいという欲もある。おかげで最先端治療薬の知識を米国の医師以上に身につけ、権力との戦いをサポートするのだから面白い。こんな具合に、“欲”から始まった行動がドラマを織りなすのだから、ストーリーにも説得力が宿る。

“欲”だけなら動物と一緒だが、人間だからそれに基づく行動の過程で反省して成長もする。映画の中の主人公は、最初は金や女にだらしなく、そのうえゲイへの偏見が激しく、お世辞にも好ましい人物とは言えない。そんな彼が治療薬売買や闘争をとおして、少しずつ人間らしさを帯びてくるのだが、その流れがナチュラルに呑み込めるのは、過剰な演出を排したからこそだ。

“欲”の上に成立するドラマだからこそ、この主人公は信じられるし、共感の度合いも深くなる。そういう意味では、どこにでもいる“人間”を描いたリアルな秀作。アカデミー主演男優賞にノミネートされたマシュー・マコノヒーは体重を21キロ落として役に臨んだことばかりが取りざたされているが、欲に突き動かされる生身の人間になりきったことはもっと評価されていい。

『ダラス・バイヤーズクラブ』
公開中

文:相馬学