『それでも夜は明ける』を手がけたスティーヴ・マックィーン監督(C)KaoriSuzuki

第86回アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演女優賞に輝いた映画『それでも夜は明ける』がいよいよ7日(金)から公開される。本作は12年間も奴隷であることを強いられた男の実話を基にした作品だが、スティーヴ・マックィーン監督は本作で高らかにメッセージを謳いあげることなく、抑制された演出で、登場人物たちの苦しみをスクリーンに描き出し、観客を作品世界に引きずり込む。

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本作の主人公はソロモン・ノーサップという平凡な男だ。彼はニューヨークで妻と子どもと共に幸福に暮していたが白人の裏切りによって拉致され“奴隷”として生きることになる。そこでは奴隷たちは“モノ”として扱われ、ムチで痛めつけられ、打たれ、殴られ、執拗に追いつめられ、周囲の奴隷たちは反論することも制止することもできない。マックィーン監督はこの状況を“暴力の正常化”だと説明する。「奴隷の生活では、暴力はどんな時にでも起き得るんだ。暴力はもはや起きることが稀なことではない。特にスペシャルな何かじゃないし、恐ろしいことでもない。それが標準的な状況になるんだ」。

しかし、その中で主人公ソロモンは苦しみ、耐えながら、生きる希望や家族と再会したいという望みを捨てることはない。マックィーン監督は「ソロモンは限りなく非人道的な状況の中で“美しい人間性”を持ち続けないといけなかった。それはキウェテルにとって、とても重い負担になった。とても、とても骨の折れることだった」と振り返る。さらに主演のキウェテル・イジョフォーは劇中、極力セリフを使わずに感情を表現しなければならなかった。「ソロモンはほとんど話すことが出来ない。彼は、自分が何者であるか、本当のことを言えない。だから彼は何も言わずに多くのことを表現しないといけないんだ。僕たちはルドルフ・ヴァレンティノやバスター・キートン(どちらもサイレント映画時代に活躍した名優)についてもよく話したよ。僕にとっては“目”がすべてで、ソロモンが目で何をコミュニケート出来るか、ということが重要だったんだ」。

カメラは真実を口にできず、苦しみ、ムチ打たれ、追いつめられるソロモンの表情を長回しで捉えていく。そしてその後方にはルイジアナの美しい自然が広がっている。「(撮影監督の)ショーンとは“風景が動きと同じくらい重要だ”ということについてたくさん話したよ。ルイジアナに行けばわかるけど美しいんだ。最も美しい場所で、どのようにして最も恐ろしいことが起きたか? その対比がすべてだったんだ」。

本作は、奴隷制度の残酷さや真実を、言葉やスローガンに頼ることなく“映画という表現”を駆使して容赦なく描き出しており、俳優たちの目が、表情が、その背後に広がる自然のすべてがメッセージになっている。

『それでも夜は明ける』
3月7日(金)TOHOシネマズ みゆき座他 全国ロードショー