『フルートベール駅で』を手がけたライアン・クーグラー監督

アメリカで7館で公開をスタートするも、高評価を集めて1063館まで拡大公開された映画『フルートベール駅で』が21日(金・祝)から公開される。アメリカで実際に起こった事件を基にした作品だが、ライアン・クーグラー監督は事件の“再現”ではなく、その背後にある報道されなかったドラマに着目したという。先ごろ来日した監督に話を聞いた。

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映画の冒頭、携帯電話で撮影した映像が映し出される。場所はサンフランシスコのフルートベールという駅のホームで、黒人男性が警官に囲まれ、銃を突きつけられている。やがて、丸腰で抵抗もしていなかった22歳の青年が警官によって射殺され、この事件はアメリカで大きな波紋を巻き起こした。映画に登場するのは実際に停車中の電車内から事件の一部始終を撮影していた映像だ。クーグラー監督は「僕はこのエリアの出身だから何度も映像を観ていたけど、編集を担当したふたりはブラジルとボストンの出身で事件のことを知らなかったんだ。だから編集の段階で冒頭に映像を入れることにしたんだ」と振り返る。

しかし、本作は事件そのものではなく、2009年の元日に駅で射殺された青年オスカーの2008年の大晦日のドラマを描く。「事件や事件後の話はすでに公になっている。でも、そこには“撃たれたオスカーがどんな人だったのか?”という記述が抜けていたんだ。だから僕はその部分を映画にしたいと思った」。オスカーは妻と3歳の愛する娘のために働く青年だ。かつて彼は過ちをおかしたこともあったが、現在は家族のために人生を立て直そうとしている。家族を愛し、友達を愛し、生活費を稼ぐことに悩み、手早く稼げるクスリの売買の誘惑と戦うオスカーの姿について監督は「オスカーはいろんな側面を持っていて、人によって違う顔を見せるんだ。同時に未来に向かって先へ進もうとしている。大晦日はそういう気分になるしね。だから彼がどちらの方向へ進もうとしているのか興味をもってもらえるように描いた。それはセンセーショナルな題材ではないけど、僕は観客に共感してほしかったし、自分と似ている部分をオスカーに見いだしてほしかったんだ」という。

クーグラー監督は丁寧にキャラクターを見つめ、未来へと歩きだそうとする青年の姿を描き出す。しかし、彼は年が明けた瞬間、電車でトラブルに巻き込まれる。「事件のシーンは可能な限りオープンに描くように心がけた。それでも政治的な話に寄せたがる人はいるし、自身の政治的信条に沿って映画を解釈する人もいる。でも僕はこの映画を政治的な意図に基づいて作ってはいないから、観客の解釈に任せたいと思う」。

衝撃的な描写やプロパガンダを排した本作は、そのドラマの豊かさ、俳優の演技力、確かな演出力によって観客を魅了し、公開規模を拡大し続けたといっていいだろう。

『フルートベール駅で』
3月21日(金・祝) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開