熊切和嘉監督

大阪芸術大学の卒業制作として1997年に発表した『鬼畜大宴会』が国内はもとより世界で反響を呼んで以来、精力的に作品を発表し続ける熊切和嘉監督。『莫逆家族 バクギャクファミーリア』『夏の終り』を経た彼が、今度は直木賞受賞作の映画化に挑んだ。

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新作『私の男』は桜庭一樹の原作がもと。この小説に惹かれた理由を熊切監督はこう明かす。「臭いものに蓋をせず、直視したいというか。僕の中には世間が見て見ぬフリをしてしまうことや、いわゆるタブーや世の中のモラルを揺り動かすことを題材にした映画作りにトライしたい気持ちが常にあります。桜庭さんの小説は、まさにそういう僕の心に響くというか訴えかけてくるものでした」。

確かに表面だけとらえると本作は“禁断”とされる物語。世間に背を向けて生きる淳悟と花という父と娘のただならぬ関係とふたりの愛が描き出される。ただ、これは原作を踏襲していることでもあるが、ワイドショー的な色眼鏡でふたりの関係を見つめていない。ここが重要だった。「一歩間違ってしまうと単なる変質的な愛のドラマで終わってしまう。それだけは避けたかった」。

理屈抜きで結びつくふたりの姿を収めた作品は、血のつながりや人間の心の強さと弱さ、家族の意味など、様々な問いを投げかける。その一方で、見逃せないのが熊切監督の新境地を思わせる演出。目を見張るほど美しくもありながらおぞましくも感じるシーンが随所にあり、そのひとつにあげられる淳悟と花が愛を求め合う場面は、どこか『鬼畜大宴会』を思い起こす形になった。「誰かにも言われました(笑)。『鬼畜大宴会』を意識したことはなかったんですけど、このシーンは背徳感を強めたいと思って。血の交わりを彷彿させるようなことを考えていたら、思いのほか血みどろのシーンになってしまった(笑)」。

主演を務めた浅野忠信と二階堂ふみもさることながら、個人的に見てほしいのは物語のキーを握る人物に扮した藤竜也と河井青葉。どちらもすばらしい存在感でドラマに厚みを加えていることは間違いない。「タブーに挑むということで、僕の勝手ですが『愛のコリーダ』の藤さんに出てもらえないかと最初から思っていました。河井さんは『莫逆家族』でご一緒してすばらしかったのでまた組みたいなと。確かにおっしゃるとおり、どちらも重要な役でしたがもう期待以上で。おふたりとも凄まじい演技を見せてくれました」。

40歳を前に熊切監督が果敢に挑んだ意欲作に注目を!

『私の男』
6月14日(土)より全国公開

取材・文・写真:水上賢治