フィリップ・ウィチュス監督

インドのシク教総本山にあたる“黄金寺院”ことハリマンディル・サーヒブ。驚くべきことにこの寺院では“宗教、人種、年齢性別など関係なく、すべての人は平等である”という教義のもと、500年に渡って巡礼者や旅行者など毎日10万人に食事が無料で提供されている。ベルギーのフィリップ・ウィチュス監督は妻のヴァレリー・ベルトとともに、この“聖なるキッチン”の毎日を記録した。

『聖者たちの食卓』その他の画像

一昨年の東京国際映画祭のナチュラルTIFF部門でグランプリに輝いた『聖者たちの食卓』は、二人が約1ヶ月の撮影で完成させたドキュメンタリー作品。寺院を知ったきっかけは偶然だった。「別の取材で(寺院のある)町を訪れたんだけど、現地のガイドに勧められたんだ。“この町にきたら必ず黄金寺院にはいくべきだ”と。そのとき、初めて無料食堂の存在を知ったんだ」

“世界にこのすばらしい場所を知らせたかった”という彼らは綿密なリサーチのもと、絶妙なカメラアングルで食堂の舞台裏を映し出す。その中でドキュメンタリーの常套手段といえるナレーションやインタビューは一切排除した。「複数の人にインタビューは試みたのだけれど、最終的に言葉は必要ないと判断しました。言葉よりもむしろ大切なのは人。食堂はすべてボランティアでまかなわれている。食材を切る人も鍋を洗う人も、皿を洗う人など、彼らの仕事は一切無駄がない。作られる料理もシンプルで無駄を一切出さない。そんな食堂の日常と、働く人々の動作や表情をきちんとカメラに収められれば、ほかには何も必要ないと思ったのです」

聞くと寺院には特別な日があり、その日には通常の3倍に当たる30万食が用意されるとのこと。ただ、それはある理由で撮影できなかったそうだ。「ものすごい人が押し寄せてきて、足の踏み場もないほど。カメラを構えるちょっとした隙間さえないんだ。身の危険を感じるぐらいの混雑ぶりで。残念だったけど撮影は断念したんだ」

実はウィチュス監督はフリーの料理人でもある。取材を終えたとき、こんな印象を持ったという。「欧米諸国、日本もそうだと思うのだけれど、既製の加工食品や輸入された食品、外食に頼りすぎているのではないか。地元で採れる食材をシンプルに調理して、家族で食卓を囲んでおいしく食べる。これこそもっとも贅沢な食事ではないかと思った。僕自身もそうだったのだけれど作品を見た人も自分の食生活について改めて考える機会になるのではないでしょうか」

『聖者たちの食卓』
9月27日(土)より渋谷アップリンクにて公開

取材・文・写真:水上賢治