鶴岡慧子監督

これからの活躍が期待される若手映画作家の映画製作をPFF(ぴあフィルムフェスティバル)がサポートする育成プロジェクトとして続くPFFスカラシップ。PFFが製作から劇場公開までをトータルプロデュースするこのプロジェクトによって、これまで園子温、矢口史靖、石井裕也ら現在第一線で活躍する監督たちが劇場用映画監督デビューを果たしている。その最新作『過ぐる日のやまねこ』は、PFFアワード2012でグランプリとジェムストーン賞に輝いた『くじらのまち』の鶴岡慧子監督作品。弱冠26歳の彼女は今後の飛躍が期待される新鋭だ。

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現在のPFFスカラシップは、その年のPFFアワードでグランプリなどを受賞した監督たちから企画を募り、うちひとりだけが権利を手中にする。この過程について鶴岡監督はこう振り返る。「PFFでの受賞が9月で、企画の提出期限が12月。正直言うと、そのとき、なにも企画を持ち合わせていなかったんです。ですので、まさか自分が最終的にスカラシップの権利を手にできるとは思っていませんでした。あまり背伸びしてもボロが出る(笑)。とにかく自分がいまできることを全部出してみようと臨んだのがよかったのかもしれません」

こうして彼女が作り上げたのは、失業を機にかつて暮らした田舎町に戻った21歳の時子と、兄同然の青年の死を受け入れられない高校二年の陽平の偶然の出会いからの交流を見つめた物語。セリフに頼ることなく若いふたりの心情を表出させる堂々たる演出で、実は大きな喪失を抱える彼らの心の再生と新たな人生の旅立ちが描かれる。「脚本を書き始めたときから主題としてあったのは、他者への思いやりと自然への畏敬の念。どこか見返りばかりが求められるいまの世の中や、たとえばやまねこの存在といった人知が及ばぬ領域や存在、人の死、地方コミュニティなどに対しての自分なりの考えが出ている気がします」

撮影は故郷である長野県上田市で行った。また、メインのスタッフにはこれまで一緒に映画を作ってきた大学の同期や先輩と組んでいる。「田舎の風景を考えたとき、やはり頭に浮かんだのは故郷の上田でした。生まれ故郷の人たちの協力のもと映画を作れたことは、自分にとってかけがえのない時間になりました。同時に自分のルーツを実感する時間でもありました。これまで一緒にやってきたメンバーと組んだのは、ここから一緒にステップアップしたい気持ちがあったからです」

劇場映画監督デビューとなる本作について今こう感じている。「私自身が学生から社会人になった時と、この作品の製作期間がちょうど重なるんです。ですから、大学から始めた映画作りのひとつの区切りであり集大成になった感触がすごくある。ひとつの節目でここからが新たなスタートというか。それと、“自分はこの世界でやっていくんだ”と、決意表明できた気がしています」

『過ぐる日のやまねこ』
9月19日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

取材・文:水上賢治
写真:源賀津己