学歴はいいのに人として欠けている…「高学歴バカ」はなぜ生まれるのか

「この人、高学歴なのになんでこんなにバカなんだろう…」――学歴も就職先も申し分ないのに、どうも人として少し欠けている“高学歴バカ”は、なぜ生まれてしまうのか。

3人の息子を灘校から東大理IIIに全員合格させたスゴ腕ママの教育方針が話題を呼んでいる。

「受験中に恋愛は禁止」
「学校の準備は親が全部する」
「学校の願書や医学部の志望理由書は親がすべて下書き。子供はそれをなぞるだけ」
「あと片付けはさせず、遊びに集中させる」
「勉強で問題を解くこと以外は親が下調べもチェックもすべて行う」

など驚きとともに疑問を感じる教育法だ。
しかし裏を返せば、いかに子どもに「限られた時間で効率的に実力をつけるか」という、何とも効率的に効果と見返りを得る素晴らしい方法だと感じる。

確かに親の覚悟がここまで決まっているならば、この3兄弟のママに倣って育てるのはアリなのではないだろうか。

もちろんそこに入るまで、そして入ってからの本人の努力は並大抵のものではない。

しかし、もしこの兄弟のように育てられて、そのまま社会に出てしまうというのは大丈夫なのだろうか?
自らの身の回りのこともできず、自分の意志で文章を記さず、常に手助けがあった中で育ってしまうと、何か欠けたまま育ってしまわないだろうか?

社会に出て様々な環境の中で多くの人と関わることで、時折疑問を感じる人が居るのも確かだ。

「この人、高学歴なのになんでこんなにバカなんだろう…」

学歴も就職先も申し分ないのに、どうも人として少し欠けている部分があるのだ。

「人の気持ちを考えて先回りして行動できない」
「仕事の話以外の会話が続かない」
「自分のやっていることだけを間違いなく進めようとして、他人を気に懸けない」
「話している相手の表情や心情を読み取ることができず、自分の営業トークや要望だけを伝える」

…など。

つまりどうも空気が読めない、つまり、コミュニケーション力がないのである。
東大理IIIの兄弟は実際のところどうなのかはわからない。
しかし、実際に「学歴という看板だけを手にすれば何とかなる」と考えるのは危険な時代なのかもしれない。

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