阿部寛、真木よう子

『そして父になる』『海街diary』の是枝裕和監督が描き出す最新映画『海よりもまだ深く』。本作は監督が9歳から28歳まで暮らした東京都清瀬市の旭が丘団地で約1か月半に渡って撮影が行われた。主演の阿部寛は撮影前、監督から演技についてではなく、団地での思い出話を聞いていたそうだ。「撮影中も監督の地元というだけあって、撮影ができるのかなと心配になるくらい歓迎されていましたよ」と話す。

『海よりもまだ深く』/その他の画像

是枝監督4作目となる阿部は、叶わぬ夢ばかりを追い続ける情けない中年男、良多を演じる。良多の特徴はこうだ。小説家でありながら、小説を書く気配はない。その癖、執筆のためのリサーチだといって興信所に務める。妻・響子(真木よう子)に愛想をつかされ離婚させられるも、未練たらたらで、張り込みをするほど。息子(吉澤太陽)へプレゼントをするためにギャンブルへ行けば、あっさり全額負けてしまう。あげくの果てに、お金目当てに団地に暮らす母・淑子(樹木希林)に寄り付いたはずが、淑子にお小遣いを渡して帰ってくる始末。一筋縄のダメ男ではない、彼のちぐはぐな行動は、見ていて憎めない。それどころか愛嬌すら感じてしまう。

そんな良多のちぐはぐさを、阿部は「人間味として捉えて演じた」という。「良多にとって、息子の真悟は、愛おしくて仕方がない存在。彼がいるから、響子と繋がっているという希望もあって、良多は懸命に父親になろうとする。子どもといるときには無駄にいろんなことを話している姿が温かくて、『可愛いな、この男』って思いました、すごく泣けました。でも、まさか是枝さんの作品の中で親のお金を盗もうとする男を演じるとは思いませんでしたけど(笑)」。

一方で真木は、それを女性目線で語ってくれた。「良多のことは嫌いになって別れたわけではなくて、良多が家庭に向かなかっただけなんですよね。響子にとって息子の真悟は、当たり前にすごく大切だと思います。けれど、それだけでなくて、これから先一緒に生活をしていかなければいけない、という母親としての覚悟は強くあると思うし、そのために将来を選択するという行動は女性らしいなと思います」。

また、良多と響子のかすがいである真悟(吉澤)の純朴な表情も映画の要だ。「子役に台本を渡さずに現場で指示をする」という是枝監督の演出方法は、今作でも用いられた。「監督の作品は、やっぱり子どもの表情が魅力。私自身も笑ったり泣いたり、深く共感できました。いろんな想いが詰まっている素晴らしい作品に自分が出演していることがすごく光栄です」(真木)「彼(吉澤)からしたら、すごい役者の大人たちが出ているんだけど、負けていない。それどころか、映像を見たら、真悟の心が大人たちを見守っているかのようでした」(阿部)

“なりたかった大人”になれなかった大人たちの、深く温かい物語がいよいよ公開となる。

『海よりもまだ深く』
5月21日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー

取材・文・写真:小杉由布子