『天使は瞳を閉じて』 画像:オフィシャル写真より 『天使は瞳を閉じて』 画像:オフィシャル写真より

鴻上尚史率いる「虚構の劇団」の第12回公演『天使は瞳を閉じて』が、8月5日(金)に開幕した。

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本作は、鴻上主宰の劇団「第三舞台」(2011年に解散)が、1988年に鴻上作・演出で初演。以来、再演を重ねてきた作品だ。「虚構の劇団」では2011年8月に上演され、今回5年ぶりとなる。初日の公演を観劇した。

舞台は、放射能に汚染されて人間がいなくなった地球。人間がいないせいで天使は暇を持て余していた。しかしあるとき、天使の1人が「透明な壁」に囲まれた小さな街を見つける。そこはかつて原発事故が起き、放射能を外に漏らさないために壁で覆った街。しかしその壁が結果的に街を守り、人類滅亡から逃れた唯一の場所だった。そこで暮らす人間は、街ができた経緯を忘れ、楽しそうに生活している。その姿に惹かれ、1人の天使が人間になる。もう1人の天使は、そんな人間たちの毎日をただただ見つめ続ける――。

描かれているのは、人間の営みだった。天使が思わず人間になってしまうほど思いやりや夢に満ちた世界が、(放射能ではなく)人間の心に起因して少しずつ変わっていく。その小さな発端の連なりや、そこから生まれる別の感情、なにかのきっかけで弾ける残酷さ……そういったものが一つひとつ丁寧に描かれ、演じられている。また、鴻上作品ならではの笑いやダンスのシーンは楽しい。ユタカ(上遠野太洸)とマリ(鉢嶺杏奈)の新婚夫婦がいちゃつく姿では、美男美女の壊れっぷりに笑った。物語は少しずつ回転速度を上げていく。いつでもやり直せた日々は、気付けばもう引き返せない速度で動いており、舞台上の空気も変わってしまっている。そんな変化をただ見つめることしかできない天使(小沢道成)の表情は、やさしく切なく悲しい複雑な色をしていた。

上演前、舞台上には「通行制限中 帰還調整区域につき通行止め 原子力災害現地対策本部」と書かれた看板が立っていた。本作はもともとチェルノブイリの原発事故を発端に書かれたものだが、今その看板は身近で生々しいものになった。1988年に書かれた戯曲が驚くほど今とシンクロする。過去に観たことある人も、ない人も、ぜひ“今”観てほしい作品だ。

『天使は瞳を閉じて』は8月14日(日)まで東京・座・高円寺1にて。その後、愛媛、大阪、東京にて上演。

取材・文:中川實穗