三谷版『桜の園』稽古風景 左から浅丘ルリ子、市川しんぺー、三谷幸喜 三谷版『桜の園』稽古風景 左から浅丘ルリ子、市川しんぺー、三谷幸喜

三谷幸喜らしさがこれほど際立つ舞台は珍しい。国も違う100年も後輩の演劇人によって、自らの戯曲にチューンナップが施され、作品本来の喜劇性を取り戻したと知ったら、チェーホフはどう思うか。それが、三谷版『桜の園』の稽古場取材で得た感想だった。

三谷版『桜の園』公演情報

初めて他人の戯曲を演出することになった三谷にとって、まず最初に頼りにしたのが、キャスティングだろう。破産寸前なのに優雅な暮らしをあきらめきれない“桜の園”の女地主・ラネーフスカヤに、浅丘ルリ子。自前の豪華なドレスで稽古に取り組む姿勢からはスターの風格が漂い、世俗に染まらないピュアな印象が役によく合う。何より、嘆きのセリフが暗くなりすぎないのがいい。透明感のある声はどこか凛々しく、特権階級としての矜持をにじませる。一方、彼女の対極に位置するのが、成り上がりの実業家・ロパーヒン役の市川しんぺーだ。猫のホテルのメンバーとして小劇場で足腰を鍛えたタフな存在感が、浅丘と絶妙なコントラストをなす。

作者チェーホフが“喜劇”と称していながら、笑いの部分をきちんと汲み取った上演は、これまで多くなかった。だからこそ笑える舞台にしようと立ち上がった三谷だけに、やはりそこへのこだわりは並大抵ではない。笑いの達人である藤井隆、青木さやかのほかにも、大和田美帆、瀬戸カトリーヌ、阿南健治、藤木孝ら、陽性なキャストが揃っている。普通、出番でない俳優は自分の世界に没頭していてもおかしくないが、この現場では、笑い声をあげながら、他人の稽古を楽しそうに見ている俳優が多いのが印象的だった。また、お互いの役名を早く覚えようと、役名入りゼッケンを胸につけて稽古するというもの、悲劇の稽古場なら考えられない。ましてや、演出家までもが自らの胸に“アントン”(チェーホフのファーストネーム)と書いてみせるなんて。

チェーホフ戯曲のどこに面白さを感じるか。そして、自分が感じたその印象に観客をどう巻き込むか。他の演出家なら素通りしてしまいそうな何気ない場面が、テンポや間のとり方、セリフのトーンを変えただけで、爆笑シーンとして生まれ変わる不思議。すべては演出家のセンス次第だ。つまり今回の三谷の挑戦は、自らのクリエイターとしての資質にあらためて向き合う作業に他ならない。チェーホフでありながら、三谷流。三谷ワールド全開なのに、あくまでもチェーホフ。最良の着地点を目指して、稽古は開幕まで続く。

6月9日(土)から7月8日(日)まで東京・PARCO劇場、7月12日(木)から22日(日)まで大阪・森ノ宮ピロティホール、7月25日(水)から29日(日)までKAAT 神奈川芸術劇場 ホールにて上演。チケット発売中。